罪悪感にさいなまれながら続けた母とのSEX

ここに投稿している方たちは、母親とのセックスを楽しんでいる方たちが多いようですが私は違いました。
確かに一時期は、他のことが手に付かないほど母とのセックスに溺れた時期もありました。
でもそれは相手が母だからではなく、セックスそのものに溺れていただけでした。
母とセックスしていることが、私の精神に物凄い重荷になっていたからです。
何度も止めなきゃ、断らなきゃと思っても、夜になると誘惑に負けてしまいセックスしてしまう、そして昼間は罪悪感に苛まれるの繰り返しだったからです。


母は美貴という名で、21歳で私を生んで一人で育ててくれました。
21歳で出産と言うと早いとか若すぎる思われる方もいると思いますが、母の田舎の方では珍しいことではなく、ほとんどの女性は20代前半までに結婚し子供を産みます。
母も19の終わりに結婚し21で私を出産しました。
父親のことは古い写真でしか知りません。
子供の頃に何度か母や祖父母に聞きましたが、「離婚した」、「今もちゃんと生きている」ということくらいしか教えてくれませんでした。
私たち親子は、私が6歳の頃まで母の田舎の実家に居ましたが、バブルに乗って東京に出てきました。

母は生保レディーでしたが、週に2日ほど夜のアルバイトもやっていました。
息子の私が言うのもなんですが、友達のお母さんたちの中では一番若いし、顔立ちも一番きれいだったと思います。
当時はかなり稼いでいたらしく、母子家庭でありながらかなりぜいたくな生活をしていました。
しかし私が*学生になる頃にはバブルが崩壊し、贅沢な生活とはおさらばで、家も23区内の賃貸マンションから東京とは名ばかりのところにある古い都営住宅に引っ越しました。
母は生保レディも夜のアルバイトも止めて、近くのスーパーで働くようになりました。
大手のチェーンではなくローカルの小さなスーパーでしたが、それでも正社員として採用してもらえたので、贅沢さえ言わなければ普通の生活がなんとか送れたのが不幸中の幸いでした。

引っ越してから丸一年経ち、私が中2から中3になる春休みでした。
二間しかない団地だったので、私たち親子は私が家を出るまで同じ部屋に布団を並べて寝ていました。
ある夜、真夜中に寝苦しくなって目を覚ますと、母が私の蒲団に入って来ていて上半身を重ねるようにしていました。
何か言おうとしましたが、母のただならぬ様子から寝たふりをしないといけないような気になり、しばらくの間そのままじっとしていました。
母は少しの間、パジャマの上から私の体中を撫で回すようにしていましたが、その夜はそれだけでした。

その次の夜も同じような感覚に襲われて目を覚ますと、前の夜と同じように母が私の上に乗るようにしながら体中をまさぐっていました。
私は何だか怖くて何も言えず寝たふりをしているしかなかったんですが、やはり体中を触るだけで自分の蒲団に戻っていきました。
そんなことが1週間くらい続いたでしょうか、私が触られることに慣れてしまったのか、母が触らなくなったのかはわかりませんが夜中に目覚めることはなくなりました。

ところがそれから一月くらい経った土曜日の夜でした。
夜中になんとも言いようのない快感に襲われて目を覚ますと、母が私の股間に顔を埋めるようにしてペニスを咥えこんでいました。
この時ばかりはさすがに飛び起きて「なにしてるんだよ!」と叫びました。
母はちょっと驚いたようでしたが、股間から顔を離すとそのまま私の顔に近付いて来ました。
そしていきなり唇を押し付けてきました。

今まで私のペニスをしゃぶってたということと、何より自分の母親ですからビックリと同時に物凄く気持ち悪かった記憶があります。
母は唇を離すと、私にしばらくの間じっとしているように言いました。
それは優しい口調でしたが、逆らうことのできないような迫力のようなものがありました。
母はもう一度ペニスを咥えると、手と舌を使いながら激しくしゃぶりました。
正直に言うと、それは死ぬほど気持ちよかった、自分の手でするオナニーとは比べ物にならないほどの快感でした。

その快感に負けて私が射精しそうになった時でした。
母が手と口を止めて立ち上がりました。
そしてパジャマのズボンと下着を脱ぎ捨てて私の腰に跨ると、ペニスを掴んで自分の中へと収めました。
驚く私を見下ろすようにして、母は腰を動かし始めました。
私は射精寸前だったので、何度か腰を上下されただけで母とつながったまま出してしまいました。
母は何も言わずにティッシュで自分の股間と私のペニスをきれいに拭くと、そのまま私の上に覆い被さるように重なってきました。
そして私の顔を押さえつけながら強引にキスしました。
苦しくて思わず口を開くと、そこに母の舌と唾液が入ってきましたが私は気持ち悪くてたまりませんでした。
そのあとしばらくの時間、母は私のことをとても愛おしそうに抱きしめて離そうとしませんでした。
私は訳の分からない気持ちのままボーっとしているしかありませんでした。

翌日は日曜でしたが、母は仕事に行ったので私一人暗く重い気持ちのまま一日中なにもしないで家にこもってました。
私に対して女性の部分など見せたこともない真面目で優しい母が、まさか私に対してあんなことをするなんて考えてもいなかったからです。
夕方母が帰宅した後も、目を合わせるのも嫌で夕飯だけ食べてすぐに風呂に入って布団に入りました。

なかなか寝付けませんでしたが、その夜は何事も起こりませんでした。
その後しばらくは母と顔を合わせるのも憂鬱で、できるだけ接する時間を少なくなるようにしていました。
母も私がショックを受けている様子を見て、おかしなことをしなくなりました。
そのうちどちらからともなく言葉を交わすようになり、親子関係もだんだん元に戻りつつありました。
そんなある週末の夜遅く、酔って帰宅した母が風呂を済ませた後、突然思い出したかのように、あの夜のことを言い始めました。

それは耳を疑いたくなるような言葉でした。
かいつまんで言うと、バブルの頃はお金にも男にも不自由しなかった。
でもこちらに引っ越してきてからは、年頃の私のこともあるし職場に良い男もいないから遊べない、だから私に親孝行のつもりで欲求不満の母を慰めろというようなことでした。
つまり、私にセックスの相手をしろと言うことです。
次から次へとんでもないことを当たり前のことのように言う母に、私は母は頭が狂ってしまったと思い絶句しました。

母はそんな私に向かって迫るように「おち*ちん出して…」と言いながら近づいてきました。
私は座ったまま後ずさりしてやめるように言いましたが、母は「健太郎も一度しちゃったんだからもう逃げられないの」みたいなことを言いながら、どんどん近づいてきました。
その時の母の殺気というか迫力と言うか、それは凄いものでした。
私はろくに抵抗もできないまま押し切られてしまい、パジャマのとパンツを脱がされてしまいました。

母は脱がしたものを後ろの方へ放り投げると、ペニスをそっと摘まんで皮を剥いてウエットティッシュで拭きました。
そして私の股間に顔を埋めてペニスを咥えこみました。
母に悪戯されることが怖くて嫌だったはずなのに、その意に反してペニスは生暖かいなんとも言えない感触に包まれてカリや先の方を舌先でくすぐられるとすぐに勃起し始めました。

ジュポジュポと音を立て、硬くなった竿の部分を指でつまんでしごくように動かしながら「どう?健太郎だって本当は気持ちいいことして欲しかったんでしょう?」と言って、再び咥えこみました。
私は快感に負けそうになりながら「違うから‥早くやめろよ」と声を絞り出すようにして言うのが精一杯でした。
母は私が感じていることを見透かしたように、しゃぶるのを止めてペニスを手でしごきながら片手でパジャマのボタンをはずして、私の胸をはだけました。
そしてしばらくの間、私の胸や乳首を舐めたりキスしたりしました。
私は上半身と下半身を同時に責められる快感に負けてしまい、抵抗できないままでいました。
すると母はいったん愛撫を止めて、私を全裸にし、自分も全裸になりました。

恐る恐る母の顔を見ると、母は妖しい笑みを浮かべながら私の上に覆いかぶさってきました。
ヌラヌラ光る酒臭い唇が私の唇を捕らえ、唾液と舌が入り込んできました。
顔を押さえつけられしつこくキスされた後、母は私の顔に乳房を押し付けてきました。
そして片手で乳房を持ち上げるようにしながら、乳首を私の口にあてがわせて吸うように言いました。
私が言われた通りにしないでいると、母ぐいぐい押しつけてきて息ができなくなったので、仕方なく母の言う通り乳首に吸い付きました。

母はもっと強く吸えとか舌を使えとか、私に向かっていろいろと小うるさい注文を付けてきました。
私は怖いやら腹立たしいやら、半分やけくそになって母に言われるがままに左右の乳首を交合に吸ったり舐めたりしました。
母は気持ちよかったんでしょうか?よく分かりませんでしたが、時折溜息に鼻にかかった声を混ぜたようなのを漏らしていました。

私にとっては辛いことを強引にやらされていたせいか、勃起して射精寸前だったペニスも半立ち状態になっていました。
母はそれを見ると、再び手と口を使って勃起させました。
私は目を瞑って母にされるがまま、その快感に浸ろとしていた時、母が体を動かした気配がした次の瞬間でした。
私の鼻と口がヌメッとしたものに塞がれました。
びっくりして目を開けると、母が私のかをの上に座る感じになっていて、アソコが顔に密着していました。

いくらなんでも、さすがにこれは嫌だったので必死に逃れようとすると、母は軽く腰を浮かせながら「私だって健太郎のおち*ちんを舐めてあげてるんだから、健太郎もお母さんのを舐めなてくれなきゃダメよ」というようなことを言って、再びアソコを口に密着させてきました。
魚ほどじゃないけれど、ちょっと生臭い感じがしたのですごく嫌だったんですが、母に言われたとおりに舐めました。
舐め始めると、母のアソコからほんの少ししょっぱい味がする汁が滲み出てきました。
母は気持ちよかったらしく、腰をびくびくさせながら私のペニスをしゃぶるのも忘れていやらしい声を上げていました。

母は私の上から降りて布団の上に仰向けになると、私に母の上に乗るように言いました。
言われたとおりにすると、母は私のペニスを掴んで自分の中に収めて腰を前後に振るように言いました。
私は友達の家で見たAVのように、腕立て伏せのような体制で必死に腰を振りました。
母は感じていたようですが、私は口や手の方が気持ちよく感じたので、なかなか射精までいけませんでした。

正確に計っていたわけでもないけれど、かなり長い時間同じ体位で腰を振っていたので、途中で疲れてしまいました。
途中から母が上になって腰を上下させたり回したりしているうちに、なんとか母の中に射精しました。
私が射精すると、母が荒い息を吐きながら私の上に崩れ落ちるように重なってきました。
そのあと私は母にきつく抱きしめられて、何度もキスされました。

初めての時は寝込みを襲われて抵抗できなかったので、自分に対して言い訳できないこともないのですが、この時は抵抗する気になればできたのに母の言うことを聞いてしまったので、酷い自己嫌悪に襲われました。
ましてや、いくら母に強く言いつけられたこととは言え、私が上になって母とセックスしてしまったことに酷く気を病みました。
そしてそのことが負い目になって、以降母からの求めを断れなくなってしまいました。

それにしても慣れと言うのは恐ろしいものです。
最初のうちは嫌で嫌で仕方なかったことが、毎晩のように続けているうちにたいして嫌とも思わなくなりました。
更に1年も経つ頃には、母から求められてもないのに私から母を抱くようになりました。
母が好きだからじゃないんです、ただ単にセックスの魔力に憑りつかれてしまい、2日もしないと3日目にはセックスしたくて我慢できなくなるんです。
それでついつい手を出してしまうんですが、その時は気持ちが高揚しているから良いのですが、翌日になるとなんとも情けない気分になるのは変わりませんでした。

母とのこんな生活は、私が大学を卒業するまで続きました。
コンドームも着けずに母の中に出していたのに一度も妊娠しなかったということは、多分母がピルを服用していたんだと思います。

私は就職を機に会社の一を出て寮に入りました。
就職した会社は家から通える範囲でしたから入寮する必要はなかったんですが、母との関係を終わらせたい一心で家を出ました。
母も私を引き留めませんでした。
口には出しませんでしたが、恐らく同じ思いだったのだと思います。
最近になって、ようやく母とまともな親子として話したりできるようになり、時々ですが家に泊まることもできるようになりました。
もちろんセックスはしていません

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