入院中に母と初体験しました

*学生のとき、ぼくは柔道部に入っていた。
中学に入って初めて柔道を始めたのだが、人一倍練習熱心だったことから上達は早かった。
二年生のときには二十人以上もいる部員の中から代表に選ばれ、三年生にまじって県大会に出場した。三年生になるとぼくにかなう者はいなくなり、ぼくは柔道部の部長として日々柔道の練習にあけくれていた。
ところが、夏休みの一ヶ月ほど前に、ぼくは練習中に大ケガをしてしまった。それも、一生車椅子になりそうだったほどの大ケガだ。


ぼくは一ヶ月も入院し、その後も三ヶ月学校を休んだ。
夏の県大会に出られなかったし、留年しそうにもなった。
あのときのことを思い出すといまでもくやしい思いでいっぱいになる。

だがぼくは、入院したことで知ったことがある。
それは、母の愛情の深さである。
それも「偉大な」と、つけてもいいほど深い愛情だった。
本当に母は甲斐甲斐しくぼくの世話をしてくれた。
三度の食事もスプーンで食べさせてくれたし、おし*こまで溲瓶で取ってくれた。

そして母は、落ち込んでいる撲を元気づけるために、母親としてやってはいけないことまでしてくれたのだ。
そのことにぼくはいまでも感謝し続けている。
母がいなければ、ぼくはあのケガから精神的に立ち直れなかったかもしれないのだ。

その日柔道部では、ぼくはの指示で乱取稽古をしていた。
もちろん指示したぼくも参加した。
夏休みに入ればすぐに県大会が始まる。
出場メンバーの選考は、これからぼくと顧問の先生とで決めることになっている。
だから道場の中にはすごい熱気がこもっていた。出場メンバーに入ろうとみな必死なのだ。

とうぜん互いに本気になって技をかけ合っている。
ぼくの相手は同じ三年で、実力はぼくの方がほんのちょっとだけ上という相手だった。
ぼくも彼も大会に出られることは確実だったが、だからといって練習中に手を抜くようなことはありえない。
互いに夢中になって技をかけあっていた。

ところが、彼が強引に背負い投げをかけてきたとき、彼の袖にぼくの右腕が引っ掛かってしまった。
ぼくは受け身がとれないまま、畳の上に背中からから叩き付けられてしまい、そのときに首の骨をひねってしまった。

ものすごい激痛が首に走り、救急車で病院に運ばれたぼくは、レントゲン検査の結果、頸椎の圧迫骨折と診断された。
救急病院の先生いわく、
「危ないところだった、もう少し強く打っていたら、首から下が動かなくなるところだったぞ」
とのことだった。

そしてそのまま入院になってしまった。
しかも全治二ヶ月。中学校最後の県大会にぼくは出場できなくなってしまったのだ。

 二時間ほど前まで夢中で技をかけあっていたぼくは、病院のベッドの上に寝かされていた。
乱取りをしていたときの興奮状態がまだ残っていて、何とも言えない気分だった。

先生からは、
「ギブスができあがるまでは絶対安静だ。いいか、絶対に起きちゃあいかんぞ。首も動かすな」
そう言われた。
「あのおし*ことかのときはどうするんですか」
「だから起きちゃあいかんのだ。シモの世話はヘルパーさんに頼むか、お母さんにやってもらうしかない」
それを聞いてぼくはゾッとしてしまった。

幸いなことに骨折といっても、首の軟骨に傷がついた程度ですんだ。
もし軟骨がつぶれていたら、本当に一生車椅子の生活になっていたらしい。
これは後から看護士さんに聞いた話だが、連絡を受けて慌てて病院に駆けつけてきた母は、医者からそのことを聞かされて泣いてしまったそうだ。
母はそうとうに動揺したと思う。まあ、無理もないことだが・・・。
(しかし母は、ぼくの前では動揺している姿をいっさい見せなかった)

病室に入ってきた母はぼくの顔を見てほっとしたらしく、軽く吐息を吐いた。
「よかった。ウンウンうなっているかと思ったけど、あんがい元気そうじゃない」
「うん・・・なんとかね・・・でも、元気じゃないよ」
少し怒った声で返したぼくに、
「そんな声がでるなら安心だわ。ああ、本当によかったわ・・・」
「よくなんかないよ。ぼくは、二ヶ月も学校を休まなきゃならないんだよ、県大会にも出られないんだよ! ぼくは、ぼくは・・・」

たぶん母の顔を見てぼく自身も安堵したのだろう、抑えていた感情が悔し涙とともに一気に噴きだした。
母はそんなぼくを優しく見守っていたが、
「しょうがないじゃない拓也、人生にはこんなこともあるわ。車椅子の生活にならなかっただけでもラッキーって思わなくちゃ」
ラッキーという言葉がぼくの神経を刺激した。ムカッとした。

「何がラッキーだよ!」
そう吐き捨てたぼくの顔を、母はニコニコしながら見つめていた。
「ラッキーだったら最初からケガなんかしないさ。人の気も知らないでイライラするような言葉をつかわないでよ!」
「はいはい、わかったわ」
母はあいかわらずニコニコしていた。
ケガ人を刺激しないようにと気を使ったのだろう。

首につけるギブスが出来上がるまで、ぼくはベッドの上で動けなかった。
ギブスで首を固定されても、すぐに退院できるわけではないらしい。
しかも右腕には点滴のための太い針が刺さっていて、これが紙テープで固定してある。
毎日点滴するので針を刺したままなのだが、腕を動かすたびにチクチクして不快なことこのうえなかった。

幸いギブスはすぐに出来上がってきたので母に食事や下の世話をしてもらうのは三日間で済んだが、もっと長かったらと思うとぞっとしてしまう。
たった三日なので大のほうはなかったが、しかし、おし*こだけは母に溲瓶で取ってもらうしかなかった。

これが本当に恥ずかしかった。
人におし*こを取ってもらうなんて、こんなに恥ずかしいことはない。
見ず知らずの人にやってもらうならともかく、それを母にやってもらうなんて堪らなかった。

なぜかといえば、中学三年のぼくの身体は、母が知っている幼い頃の身体でないからだ。
とうぜん毛も生えそろっているし、刺激があればすぐに勃起してしまう。
(もしもオチンチンをつままれたときに勃起してしまったら・・・それを母に見られたらどうしよう・・・)、
そう思い、その場面を想像するだけで、ぼくは恥ずかしさでいっぱいになった。
とにかくその頃のぼくは性欲の塊だった。

四六時中いやらしいことを考えていたし、毎日二度も三度も自慰をしていた。多いときには五回もしたことがある。
ぼくがいま、そういう性欲の強い時期だということは、もちろん母だって理解はしているだろう。

でもやはり、そんな性欲の塊のような自分を母の目の前に晒したくはなかった。
陰毛を見られるのは仕方がなかった。しかし、勃起を見られるのだけは死ぬほど嫌だった。
・・・ただ、たぶん勃起はしないだろうという気もしていた。

いままで母を女として意識したことはないし、当然、母の体に興味を持ったこともない。
街中で見かける女性の尻を見て勃起しても、母の尻を見て勃起したことはなかった。

ぼくにとって母は、男でも女でもない「身内」であり「空気のような存在」のはずだった。
だから、多少不安はあるものの、
(たぶんだいじょうぶだろう・・・・)
そう思っていた。
ところが・・・。

ケガをしたその日のこと。夕方になるとぼくもだいぶ落ち着いてきた。
ケガをしたことも県大会を棒に振ったことも、入院直後はどうしても受け入れられなかったが、時間とともに少しずつ冷静に受け止められるようになってきた。

さっきまで病室にいた顧問の先生は、母に「申し訳ありませんでした」と何度も頭を下げていたが、母に、
「もういいですよ先生、ケガの原因はこの子が未熟だったからなんです。私どもは学校を訴えたりしませんから安心してください」
そう言われて恐縮しながら帰っていった。

いま、ぼくのベッドの横には、母がパイプイスに座っている。
ぼくの介護はヘルパーさんを頼まず、母がすることになったのだ。

夕方、会社を早退して駆けつけてくれた父が、
「それは大変なことだぞ。おまえが疲れきってしまうぞ。ヘルパーを頼んだ方がいいと思うが・・・」
と言ったが、母は
「息子なんだから私が面倒をみるわ」
とゆずらなかった。
父も「まあ、そんなに言うんなら頼むよ」ということになり、必要なものは父が家から届けるということになった。

夕方は父の他にもクラスメイトがお見舞いにきてくれたり、顧問の先生があらためて様子を見にきてくれたりとけっこうにぎやかだった。
が、面会時間も終わり、全員が帰ってしまうとまた母と二人きりになってしまった。
もうしばらくすると夕食なのだが、食欲などまったくなかった。
食事をすればトイレが近くなる。それが心配で堪らなかったのだ。

このときにはギブスが三日後に出来上がってくるとは知らなかったので、とにかく大の方が気になって仕方なかった。
が、大の方はもう何日か大丈夫だとしても、おし*こだけは我慢できなかった。
しばらく前から、ぼくの膀胱はパンパンになっていたのだが、母に取ってもらうのが嫌でずっと我慢していた。
だが、そろそろ限界が近づいていた。

夕食の時間になり、看護婦さんが食事を運んできてくれた。
母は看護婦さんが出ていくと、スプーンでご飯をすくってぼくの口もとにもってきた。
「さあ、食べさせてあげるからアーンして」
「いいよ、食べたくない」
「ダメ、食べなきゃ元気にならないわよ!」
 子供を叱りつけるような母の声にハッ、として、ぼくは思わず口を開けた。その口の中に母が優しくスプーンを差し込んできた。

本当は食べたくなかったのです。食べれば、それだけトイレに近くなるからです。
でも、母に甲斐甲斐しくご飯を食べさせてもらうのは、何だか妙に快感でした。小さい頃に戻って母に甘えているような気がしたのです。
ぼくは結局全部食べてしまいました。

 食事が済んでからは、仕事を終えた父がすっ飛んできたり、担任や柔道部の友人達が見舞いに来たりでけっこうにぎやかでした。
みんなが帰って母と二人きりになったとき、ぼくはもう限界にきていました。
膀胱が破裂しそうだったのです。
ところが、それでも母に取ってもらうのは恥ずかしくて、脂汗を浮かべながら我慢していました。

 母には何度も「おし*こは?」と聞かれていました。その度に「まだ大丈夫」と答えていたのですが、とうとう(もうダメだ!)というところまで行ってしまいました。

「お、お母さん・・・」
ぼくが引きつった声で母を呼ぶと、母はすっと立ち上がって溲瓶を手にとりました。
「やっと言う気になったわね」
 母はそう言ってにっこり笑いました。ぼくが恥ずかしがっていることも、ずっと我慢していたことも全部わかっていたみたいなんです。 

 「拓也、恥ずかしがることなんかないのよ。親子なんだから」
 言いながら、母は布団をめくり上げました。ぼくと違い、母の方はあっけらかんとしたものです。母の手で、いともあっさりとパジャマとパンツが引き下ろされてしまいました。
(あっ・・・)
 ぼくは心の中で声を上げましたが、母の方はぜんぜん恥ずかしがっていないので、肉棒を見られても案外平気でした。

母の手で肉棒がつままれ、溲瓶があてがわれました。
 実はぼくは、このとき肉棒が大きくなってしまったらどうしようかと、密かに心配していたのです。でも、尿意の方が先に立ってそんな気配はまったくありません。
ぼくはほっとして全身の力を抜いたのです。

ところが、おし*こをし終わってからです。ぼくは急に母の手を意識したのです。
それまで尿意に気を取られて意識しなかったけれど、ぼくの肉棒は今、母の白いしっとりとした指につままれているのです。

 ちょっとひんやりして、すべやかな感触、それを意識した途端ぼくの肉棒はむくむくと膨れあがり、母の手の中でギンギンに勃起してしまいました。あのときの恥ずかしさ、バツの悪さといったらもう、本当にぼくは血の気が引くような気がしたものです。

でも、さすがに母でした。驚いた様子など微塵もみせず、
「そんなに恥ずかしがらなくていいのよ。年頃なんだから、これは当然のことなのよ」
とニコニコ笑いながら言うのです。

でも、そう言われてもやはりぼくは恥ずかしかった。
「この年頃」の男のことを、母はちゃんと認識している。ということは、ぼくが嫌らしいことばかり考えていることも、毎日何度も扱いていることも、母にはちゃんとわかっていたということです。
それが、ぼくの羞恥をいっそう掻き立てたのです。

 ところが、ますます赤くなって途方に暮れたぼくを見て、母はかわいそうに思ったのかもしれません。
「お母さんだってぜんぜん気にしてないわよ、ほら」
そう言って母は、ぼくの肉棒をシコシコと擦り始めたのです。
ぼくは仰天する思いでしたが、母はしっかりと肉棒を掴み、親指をカリ首の裏側に当てて擦り上げてくるのです。

どこか悪戯っぽい笑みを浮かべていましたが、とても冗談とは思えません。
「お、お母さん・・・そ、そんな・・・」
 ぼくはそんなことやめて、と言おうとしたのですが最後まで言葉になりませんでした。 というのも、母の指で擦られると、自分で擦るのとは違って痺れるほど気持がよかったからなのです。

 言い忘れましたが、ぼくと母のいるこの病室は個室です。大部屋じゃなくて良かったと、後になってからつくづく思いました。

 母はきっと、あまりにもぼくが恥ずかしがるので肉棒を軽くしごいて安心させ、それで終わりにするつもりだったのだと思います。

 でも、自分ではわからないけれど、ぼくは相当に気持よさそうな顔をしたのでしょう。そんなぼくを見て、母は最後まで面倒を見てやろうと思ったに違いありません。
 ぼくも、母がそんなことをしてくるとは夢にも思っていませんでしたから、最初は仰天してしまいました。

 ぼくは母を女として見たことは一度もありませんし、だいたい母と性的な行為がぼくのイメージの中ではどうしても結びつかなかったのです。
 なぜかというと、ぼくにとって母とは、優しくて温かくて、限りなく清らかな存在・・・それ以外の何ものでもなかったからです。

母はぼくの肉棒を擦りながら、笑みを絶やしませんでした。
 にこにことぼくに笑いかけ、ぼくを包み込むように見つめながら、だんだんと手の動きを早いものにしていったのです。

 ぼくはしだいに気持が落ち着き、母に身をまかせることにしたのですが、母にこんなことをしてもらっていいのだろうか、という不安も心のどこかにありました。
きっとあれは(親子の間でこんなことをしていいのだろうか・・・)という背徳的な怯えだったのだと思います。

 それにしても、自分の指で擦るのと母の指で擦ってもらうのとでは、どうしてこんなに違うのかと思いました。
 母は、ぼくが自分でするときみたいに強く握っているわけではありません。それなのに、シコシコと擦られる度に、えも言えぬ快感が巻きおこるのです。

しっとりとして柔らかい指が、肉棒に吸いついてくるようでした。
 ほんの数分、いや、もしかしたら何十秒だったかもしれません。でも、その短い時間の中で、ぼくは夢のような快感を味わい、そして爆発したのです。

威勢よく噴き出した精液が、もう少しで母の顔にかかるところでした。
 母は相変わらずにこにこと微笑んでいました。まあ、いっぱい出たのねえ、などと言いながら、ティッシュで肉棒を拭いてくれたのですが、その後で少しまじめな顔で、このことはお父さんには内緒よ、と言いました。
「うん・・・。で、でも、お母さんがこんなことをしてくれるなんて思わなかった・・・」  もちろんぼくは「嬉しい」という意味で言ったのですが、母は困ったような表情になり、
「ごめんね拓也、お母さんがすることじゃなかったわね」
とぼくに謝るのです。

「ち、違うよお母さん、驚いたけど嬉しかったんだ・・・」
「そう、よかった。余計なことをしたんじゃないかと思ったのよ」
ほっとしたように、母は吐息を吐きました。

 さっきは、まるでぼくを包み込むように見つめていた母なのに、終わった後は何だかとても恥ずかしそうでした。そんな母を見ながら、ぼくの胸はキュッと疼いたのです。
そう、あのときの母は何だかとても可愛かった。可愛くて可憐でした。

 今でも思い出すと胸がキューッとなるくらいです。そしてぼくは、恋人に甘えるように思わず口に出してしまったのです。
「お母さん、また・・・やってくれる?」
「えっ・・・」
母は困ったようにしばらく考えていましたが、
「だめ。今日だけよ」
さっきの可憐な表情とは打って変わって、母はピシャリと言いました。

 母はこのまま深みにはまることを恐れたのでしょう。でもぼくは、母の指の感触や、一瞬垣間見せた母の可憐な表情が忘れられませんでした。

入院2日目の朝がきました。
 夕べ、母はああ言ったけど、ぼくは密かな期待を持っていました。母はもう一度、ぼくの肉棒を擦らざるをえないのではないか・・・という期待です。

 母はぼくのベッドの横に、病院で貸し出された寝具を敷いて寝ていましたが、ぼくが目を覚ましたときにはすでに起きていました。

「おはよう、首の具合はどう?」
と、あいかわらず優しい眼差しでぼくの顔を覗き込んできます。
「うん、まだ痛いけど、昨日よりいいよ」
「そう、よかったわ・・・それじゃあ」

 ベッドの下に置いてあった溲瓶を、母が掴み出すのを見て、ぼくは期待感で胸をいっぱいにしました。

母は足の方からぼくの掛け布団をめくり返し、パジャマに手を伸ばしてきました。
しかし、パジャマの前が盛り上がっているのを見て、母ははっとしたようです。
それでも、何事もないかのようにパジャマとパンツをずり下げたのですが、やはりちょっと困惑しています。

 なにしろぼくの肉棒は朝立ちでコチコチに固くなり、ヘソにくっつくくらい反り返っていたのです。とても溲瓶になんかに収まるわけがありません。
「困ったわね、これじゃあおし*こできないわね・・・小さくできない?」
「む、無理だよ、お母さん・・・お、お母さんの手で、小さくしてくれないかな・・・」  こんなことを言うのはとても恥ずかしかったのですが、ぼくは思い切って言ってみました。すると母は一瞬戸惑ったものの、
「仕方ないわね・・・怪我人なんだから・・・」
そう言って肉棒に指を添えてきたのです。

やったー、とぼくは心の中で叫びました。
 母はしっとりした指を肉棒に絡ませ、シコシコと擦り始めました。もう、その指の感触だけでビーンと電流が走るようでした。
ぼくはうっとりとしながら、母に身をまかせたのです。

 擦り出してからの母には、もう戸惑いは感じられませんでした。夕べのように、包み込むような目でぼくを見つめてくるのです。もしかしたら、ぼくに甘えられて母も嬉しいのかもしれません。

シコシコ、シコシコ、と母は肉棒を擦ってきます。
 やっぱり、ぼくの指より力は弱いのですが、それなのに、指先が食い込んでくるかのように気持がいいのです。

その日は結局、3回も母に擦ってもらいました。
 ぼくは溲瓶でおし*こを取ってもらうなんて、最初は死ぬほど嫌だったのですが、いつの間にか楽しみにさえなってしまいました。

 おし*この度に勃起してしまうぼくに、母も呆れ顔でしたが、だんだん慣れてきたみたいです。
「まったく、きりがないのねえ」
 なんて言いながらも、にこにこしながら擦ってくれるのです。ぼくは、母のその優しい顔を見ているうちに、
(もしかしたらお母さん、やらせてって頼んだらやらせてくれるかもしれない・・・)
 そんなふうに思ってしまいました。でも、いくら何でもそんなことは口に出せないとも思いました。

母はぼくが重傷の怪我人だから、介護のつもりで擦ってくれているのです。でも、
(もしかしたら・・・)
という思いもありました。そして、その思いがどんどん膨らんでいったのです。

 3日目の朝、ギプスが届きました。そのギプスを首につけ、ぼくはやっとベッドから起き上がることができました。

でも、すぐに退院というわけにはいかず、結局ぼくは2週間も入院していました。
退院した後も1ヶ月学校を休みましたが・・・まあ、その辺は書いても意味ないですね。
 ただ、起き上がれるようになってからもずっと、母はぼくの肉棒を擦り続けてくれたわけです。
「怪我人だからしてるのよ。退院したらもう、絶対してあげないわよ」
 母は、釘を刺すように何度もぼくに言いました。家に帰ってからも後を引きたくなかったのでしょう。でも、入院している間だけはやってあげようと決めていたらしく、ぼくがせがむと絶対にイヤとは言いませんでした。

 そしてぼくは、母としたい、という思いを極限まで膨らませていましたが、それを口に出すことはできませんでした。やっぱり怖かったのです。
(擦るくらいならまだいいけど、したい、とぼくが言ったら、お母さんは物凄いショックを受けるかもしれない。だって親子だもんな・・・)

 そんな怖さがあり、なかなか言い出せなかったのです。でも、いよいよ明日退院という日、ぼくはとうとう我慢できなくなりました。

「ね、ねえお母さん・・・」
 退院前日の夜、ぼくは思い切って口に出しました。いつものようにぼくがせがみ、母が「じゃあこれが最後ね」と言いながらいよいよ肉棒を擦ろうとしたそのときでした。
「お母さん・・・手じゃなくて・・・お母さんの・・・」
ぼくは絞り出すように言ったのです。

 言いながら体がブルブル震えていました。母がどんな反応を示すか、まったくわからなくて怖かったからです。幸い物凄いショックを受けた様子はありませんでした。でも、やはり動揺はしたようです。

「毎晩寝返りを打っていたけど、ずっと寝られなかったの?」
母は少し震えた声で聞いてきました。
「うん・・・」
「どうしても、お母さんと・・・?」
 きっとその次に「したいの?」と聞きたかったのでしょうけど、母もそこまでは口に出せなかったみたいです。でも母はこの何日かのぼくの様子を見て、ぼくがこう言い出すことをうすうす感じていたようです。 

 「い、一回だけでいいから・・・」
 ぼくはすがるように言いました。母はしばらくの間黙ってぼくを見つめていましたが、やがてほーっ、と吐息を吐きました。

「怪我人じゃなかったらひっぱたいてるところだけど・・・しょうがないわね、本当に一回だけよ。約束できる?」
ぼくは、母の愛情の深さをつくづくと知る思いがしたものです。嬉しくて嬉しくて、
「できる。約束するよ!」
と、自分でもドキッ、とするくらい大きな声を上げてしまいました。

「わかったわ。でも拓也、首が心配だから拓也は動かないで・・・」
「うん・・・」
「大丈夫よ、お母さんが全部してあげるから・・・」
 母はそう言ってにっこり笑うと、ぼくの肉棒を両手で掴みしめました。そして両手の間からぴょこっと飛び出した亀頭に顔を近づけてきたのです。

(えっ、まさか、そ、そんなことを・・・)
と思っていると、母はためらいもせずカプッと先端を口に含んだのです。
 ぼくは信じられない思いでした。なぜかというと、あの清楚な母が、こんなことをするなんて思いもよらなかったからです。

 でも、ぼくの肉棒は、まちがいなく母の口の中にすっぽりと収まっていました。温かくて唾液でぬらぬらした母の口の中に、肉棒がどっぷりと浸されていたのです。
 母は唇をすぼめ、カリ首のあたりをきゅっ、きゅっ、と締めつけました。それから舌先で亀頭部ぼくろれろと舐めずってきたのです。

「ううーっ」
 ねとついた舌の感触が堪らなく気持ちよくて、ぼくは思わず呻き上げていました。と、今度は肉棒を唇で締めつけながら、ズズズ・・・と根本まで呑み込み込んだのです。

「あっ、あっ」
あまりの快感に目の前がチカチカしました。
母は、深々と呑み込んだ肉棒をゆっくりと吐き出し、そしてまた呑み込むということを何度も繰り返してくれました。

その気持のよさといったらもう・・・ぼくは、母の口の中で肉棒がとろけてしまうような気がしました。

後から考えれば・・・の話しですけど、母はそのとき、物凄くいやらしいことをしていたわけです。
でも、そのときもそうですし、今になっても思うのは、あんなにいやらしく唇を歪めていた母なのに、ぼくには少しもいやらしく見えなかったのです。

 それどころか、必死になって肉棒をしゃぶってくれた母が、何だかキラキラと輝いて見えました。いつにも増して、母が美しく見えたのです。
ぼくのために、あんなことまでしてくれた母。
母の深い愛情を思うと、今でもぼくの胸は切なく締めつけられるのです。
やがて母は、パンティを脱ぎ下ろしました。

 母はスカートの中からパンティ引き下ろし、足首から抜き取ってからベッドに上がってきました。
そして、ぼくのお腹をまたいで、覆い被さってきたのです。

 さらにブラウスのボタンをプチプチと外していき、ブラジャーのフロントホックも外してしまいました。はだけたブラウスの中から、母の乳房が弾むように飛び出したのです。「触ってもいいのよ」
ぼくの顔をまじまじと見つめながら、母は言いました。
笑っているけど、目はけっこう真剣でした。

 プリプリした巨乳と鮮やかな朱色をした母の乳首が、ぼくの目の前に突きつけられました。ぼくは夢中で両の乳房をわし掴み、モミモミと揉み上げました。柔らかくて、弾力があって、それはもう堪らない揉み心地です。

「拓也、痛いわ、もっと優しくして・・・!」
「あっ、ごめん」
 自分ではわからなかったのですが、興奮のあまり、両手にかなりチカラが入っていたようです。ぼくは慌てて力を抜きました。
「そ、そうよ、そのくらいの力でね・・・」
言いながら母はスカートをまくり上げました。

 白い下腹部と黒々とした母の陰毛が露わになったのですが、ぼくは、何だか見てはいけないものを見たような気がして目のやり場に困りました。
でも、物凄い興奮も覚えました。
さらに母は、片手でぼくの肉棒を握ってきました。
 お臍にくっつくほど反り返っていた肉棒をグイッ、と引きはがし、上を向かせると、母はしゃがみ込むようにお尻を下ろしてきたのです。

(い、いよいよだ・・・)
ぼくは、ドキドキしながらその瞬間を待ちました。
 いつの間にか母の顔も赤く染まり、何だかとても切ない表情になっていました。母もきっとドキドキしていたんだと思います。
 と、肉棒の先端が、陰毛の奥にある柔らかくてぬるっ、とした箇所に当たり、当たったかと思うとそこがヌプッ、と広がりました。

肉棒が母の体内に呑み込まれていきます。
柔らかいけれどきつい通路を、肉棒がヌプヌプと掻き分けていったのです。
(こ、これが、お母さんのあそこなのか!)
 ぼくは心の中で叫んでいました。何しろ入っていくその感触が、あまりにも気持よかったのです。

「どう? 拓也、これがお母さんの体よ・・・」
母はますます切ない顔で言い、それからズンとお尻を下ろしきりました。
「くうー」
ぼくは呻きながら、何度もうなずいて見せるだけで精一杯でした。

 ぼくの肉棒が、母の体内に根本までずっぽりと収まっている・・・これはもう感動でさえありました。そして母は (いくわよ・・・) とでも言うように微笑んで見せてから、ゆっくりとお尻を上下させ始めたのです。

「ああ・・・」
またもぼくは呻いてしまいました。だって、あまりにも気持が良すぎるのです。
 柔らかくて、熱くて、ヌルッとした粘膜が、まるで吸盤のように肉棒に絡みついてくるのですから・・・。

「どう? 気持ちいい・・・」
そう聞いてきた母の顔は、切ないのを通り越して悩ましいものになっていました。
「う、うん・・・」
ぼくは呻くように答えるのが精一杯でした。

 母は上下させる尻のリズムを、だんだんと早いものにしてきます。それにしたがって、結合部からクチュッ、クチュッ、と何ともいやらしい音が聞こえ始めたのです。

 清楚な母が、こんないやらしい音をさせてぼくの肉棒を締めつけている・・・そのことがやはり物凄い興奮でした。
そしてぼくは、いつの間にか自分でも下から腰を突き上げていました。

 最初はリズムが合わなかったのですが、少しずつ合ってくるようになると、挿入感がより強くなり、母とより深く結びついていくように感じられます。
また、快感もどんどん増幅されていくのです。

と、母があふー、と悩ましい吐息を吐きました。
「お、お母さんも気持いいの?」
 思わずぼくが聞くと、母は真っ赤な顔を微妙に歪めましたが、返事はしませんでした。
 母もきっと感じていたはずです。だって切羽詰まったような顔になっていましたから。でも「お母さんも気持いいわ」なんて恥ずかしくてとても言えなかったのだと思います。
切羽詰まるといえば、ぼくもそうです。もう、今にも爆発しそうでした。
それからはお互い無言で、頂点に向かってひたすら腰を打ち付けあいました。

 ところで、ぼくは最初から最後までずっと、母の乳房を両手で握り続けていましたが、最後の方になると乳房は汗でねっとりとし、乳首がコリコリに固くなったのには驚きました。

握ったその乳房に、ぼくはしがみつくようにして腰を突き上げていったのです。
「あ・・・あうう・・・ああっ」
 押し殺しているのですが、母の喉からは確実に喘ぎ声が漏れています。その顔が、ぼくにはすすり泣いているように見えました。

 いつも清楚で慎ましい母が、こんなにも艶めかしい顔をし、喘ぎ声を噴き上げている・・・そのことがゾクゾクするほど刺激的で、ぼくはもう堪りませんでした。
 つぎの瞬間、下腹部にツーンと熱いものが走り、同時に肉棒がググーッ、と極限まで膨張しました。

「お母さん、ああっ!」
ぼくが思わず悲鳴のような声を噴き上げると、
「いっ、いいわよ拓也・・・!」
 母も同じく悲鳴のような声を上げ、腰の動きを極限まで早めてきたのです。同時に粘膜はキュウキュウと収縮し、肉棒をすごい力で締めつけてきました。もうだめです。

「お母さん・・・あああ・・・」
叫びながらぼくは、母の体内に精液をドピューッと噴き上げました。
 快感の柱が、ぼくの全身をズーンと突き抜けていきます。それはもう、目が眩むような気持のよさでした。

 終わったあとで母は「どう、これで気が済んだ?」と言い、ぼくのほっぺたにチュッとキスしてくれましたが、そのときにはもう、母はいつもの母の表情に戻っていました。
そして次の日、ぼくは退院しました。

家に戻ってから、お互いにあのときのことを口にしたことは一度もありません。
でも、ときどき思い出して考えることがあります。
(母もあのとき、ぼくと同じように頂点を覚えたのだろうか・・・)
 そのことです。もし覚えていたら、ぼくにとってはすごく嬉しいことなんですが、そんなことを母に聞きようもありません。

(いや、きっと母もぼくの肉棒で頂点に達したの違いない)
そう、勝手に思うことにしています。懐かしい学生時代の思い出です。

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