天狗村奇談(1)  その一 交番の怪①

幼い頃の記憶には、時として、何とも変てこなものが混じっていることがございます。 確かに体験したことだと思っていたのに、あとになって、はてっ、あんなことが起ころうはずがない、なぜそんな馬鹿なことを信じていたのだろうかと、自分自身に呆れ返ってしまうようなことが、どなたにも一つや二つあるのではございますまいか。

例えば私の旧友に、夜中にふと目を覚ますと枕元に数匹のネズミが寄り集まり、
「この家では我々を退治するために、近々猫をもらってくるという話しだ」
「猫が来たら、根絶やしにされてしまう。この家を出よう」
 と、会話をしている声を確かに聞いたという者がおりました。たぶん夢でも見たのでしょうが、彼はネズミも人間の言葉をしゃべれるのだと、しばらくの間信じ込んでいたのです。

 これから私が語ることも、実はその類の話しかもしれず、到底人様に信じて頂けないことは充分承知しております。
 しかしながら私は、私と母の身に起こったあのおぞましい一連の出来事が、すでに七十年も昔のことだというのに、どうしても幼い日の夢だったとは思えないのです。なぜかと申しますと、あのときの感触や匂いをはっきりと覚えているのです。

 生々しい夢というものは確かにございます。けれど、まだ十才にも満たない、性のことなどまったく知らない少年が、夢の中でその感触や匂い、はたまた快感を味わうなどということが、果たしてあり得るのでしょうか。
本当にそれは、不可解で怪奇な出来事でございました。

 恐怖と甘美、そしてどこかグロテスクなものが入り交じったその記憶は、古びて色の落ちた幻灯のように、今だに私の脳裏に焼きついて離れません。
おそらく、死ぬまで消えることはないでしょう。

 今まで私は、人様にこの話をしたことはいっぺんもございませんでしたが、すでに残りの人生も数えるほどしかなく、いつお迎えがきてもおかしくないこの頃になって、無性にどなたかに聞いて頂きたくなってきたのです。

 申し遅れましたが、私が生まれたのは昭和の初めでございまして、私達の身にあの出来事がふりかかったのは、あの忌まわしい太平洋戦争の始まる数年前のことでございます。
 軍国主義がしだいに強大になっていく、何とも危なっかしい時代ではありましたが、といって、誰でも彼でもぴりぴりして生きていたわけではありません。関東の端のほうにある私の村などでは、しごくのんびりと時間が流れておりました。

 そして、四方を山に囲まれ、あたかも外部から分断されているような奥まった地形にあった私の村は、正式な村名があるにも関わらず、まわりの村人からは通称天狗村と言われていました。それくらい山奥の村だったのです。

 確かに村人達は質素な生活をしていました。ですが、今の時代のようにせかせかとしたものではなく、陽が昇れば目覚め、陽が沈めば眠るというような、何ともゆったりと、そして、それなりに余裕を持った生活だったのです。
 話しを進めていくうちに、あなたにもあの当時の村の様子が、しだいに飲み込めて頂けるものと思います。

もう一つ、覚えておいて頂きたいことがございます。それは私の母についてです。
 私の母は節子という名でした。どこでもある変哲のない名ではありましたが、母はたいそうな美形でございまして、村のなかではずいぶんと評判だったのです。
 いえ、自慢しているわけではありません。本当に色白で目元がすっきりとした美人でした。しかも出るところは出て、くびれるところはくびれておりました。

そして母は、絵に描いたような良妻賢母でありました。
 私は父の官吏的な偏狭な性格が堪らないほど嫌いだったのですが、母は、そんな父によく仕えることを美徳と考えるような人でした。むろん、私のことも心から愛してくれておりました。
 母の年齢は、あの当時三十代の前半だったと思います。そして私は、尋常小学校の三年生でしたから、九才ということになります。
では、前置きが長くなりましたが、この辺で本題に入ることにいたしましょう。

 すでに初夏とはいえ、今日はあまり日差しが強くありませんね。窓から心地よい風が入ってきて、昔話しをのんびりと語るにはちょうど良い日よりじゃあございませんか。
 まあ、渋茶と水羊羹でもつまみながらお聞き下さい。お酒がよろしければ言って下さい、息子の嫁に用意させますので…。

そういえば、あの一連の出来事に初めて遭遇した日もこんな日よりでした。
今日と同じようにぽかぽかと温かく、朝から眠くなるような日でございました。

 そう、あれは、長引いていた梅雨が一気に明けて、本格的な夏を迎えた頃のことだった。その日、九才のぼくはランドセルを背負い、母とともに学校に向かって歩いていた。
今日は授業参観と、一学期の終業式がある日なのだ。

 ぼくの村の小学校には変わった伝統があって、終業式の日に一時間だけ授業をやり、同時に授業参観をおこなって、そのあと先生から、親子そろって夏休みの注意事項を受けることになっていた。

 というのも、お百姓の多いぼくの村では、一学期の途中は農作業が忙しくて授業参観などにこれる親がほとんどいなかった。それなら終業式と一緒にやってしまおうと、ずっと以前に役場で決めたことなのだそうだ。

 初夏らしく、今日は朝から抜けるような青空が広がっている。ぼくは母と並んで歩きながら、爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 朝方雨が降ったので、道の窪みには小さな水溜まりができ、アメンボウがスイスイと泳ぎ回っていた。
 道ばたには、そこここに初夏の花が咲き誇っている。赤や白の花弁が、雨露に濡れてキラキラと輝いていた。

緑がますます鮮やかになった山々からは、染み渡るような鶯の鳴き声が聞こえてきた。
途中、ぼくと母は村に一つしかない交差点の前にさしかかった。

 村の中で唯一にぎやかなところだ。といっても、交番の周りに雑貨屋や乾物屋、理髪店などが点在しているだけで、朝のこの時間、勤め人は皆ボンネットの突き出したバスに乗って行ってしまったし、お百姓などはもっと早いうちに田圃や畑に出てしまうので、通りに人影はなかった。

 交番の前を通るとき、ぼくはいつもドキドキする。中にいるお巡りさんは優しくて好きだったが、交番の建物そのものに怖い思い出を持っていたからだ。

 まだ小学校に上がる前、神社の境内で遊んでいるうちに真っ暗になり、遠い家までの道を半べそをかきながら走って帰ったことがある。
 雑貨屋も理髪店も木戸を閉めてしまい、電信柱にくくりつけれた裸電球の、ぽうっとした明かりだけが頼りだった。

 その中に一つ、不気味な赤い光が混じっていた。交番の入り口に設置された赤色灯だ。 薄ぼんやりとして、どこか不気味な赤色灯は、ただでさえ不安なぼくの胸をさらに掻き立てた。妙に物悲しくて、寂しくなる色でもあった。

 ふと、交番そのものが立ち上がってぼくを追いかけてくるような気がし、ぼくは悲鳴を上げそうになった。逃げるように畦道を走りながら、ぼくは転んで水田の中に落ちてしまった。
 家の明かりが見え、心配して家の前で待っていた母が手を振っているのが見えたとき、ぼくは大声で泣き出してしまった。

 泣きながらしがみついたぼくを、母は優しく抱きしめてくれた。母の柔らかく暖かい胸に顔を押しつけ、ぼくは込み上げてくる安堵感を泣きながら噛みしめたものだ。

 同時にぼくは、母に包み込まれ、守られているという無償の喜びも味わったのだが、しかし、それ以来、交番の前にくると必ず恐怖心が込み上げ、ぼくは昼間でも走って通り過ぎるようになった。
今では走り出すこともないが、それでも少し胸がドキドキするのだ。

「ちょっと待ちなさい」
 後ろから声をかけられ、ぼくと母が振り返えると、交番から出てきたお巡りさんがぼくたちを睨んでいた。若い加藤というその巡査は、いつもはニコニコしていて、通りがかりの人に気さくに声をかけてくれる人だ。でも、その日はなぜかとても怖い顔をしていた。いつも優しい目がギラギラと輝き、狐のように吊り上がっていたのだ。

「何でしょうか」
 母はぼくの手を取って交番まで戻り、少し不安そうな声で尋ねた。すると加藤巡査は、母の頭のてっぺんから爪先まで、吊り上がった目で舐めるように見回してから、
「夕べ、権堂さんのところに泥棒が入ったことは知っているかね」
と、怖いくらい高圧的に言うのだった。
「い、いえ…知りませんが…」
いつもと別人のような加藤巡査に、母も驚きを隠せない様子だった。

 権堂さんは大地主で、村の地所やまわりの山を一手に所有している。お百姓は別にして、勤め人の家はほとんどが権堂さんから地所を借りている。ぼくの家もそうだった。なんでも江戸時代に庄屋だったそうだ。

 土地もあり、お金もあり、その上いまでも代々の当主が村長を続けている。だから、権堂さんには誰も逆らえなかった。権堂さんを怒らせたら、この村には住めなくなるとまで言われていた。お巡りさんだって例外ではなかった。

「逃げるところを目撃者されているんだが、犯人は女らしい。その証言とあんたの服装や髪型などに一致するところがあるんだ。ちょっと取り調べをするから中に入りなさい」
母も、ぼくも、驚きのあまり声が出なかった。

「…何かの間違いです。私は夕べこの子と一緒にずっと家にいました。一歩も外には出ていないのですから…」
母の声は掠れていた。握った手からかすかに母の震えが伝わってくる。

 母が泥棒なんてするわけがなかった。母の言ったとおり夕べはずっと家にいて、父や祖母の服を繕ったり、ぼくにお伽話を聞かせてくれたりしていたのだから。
「話しは中で聞く。いいから二人とも入りなさい…それとも逮捕されたいか」
その言葉にぼくたちは震え上がった。

「でも、これから授業参観と終業式が…」
母がぼくの顔を振り向きながら、怯えた声で言ったが、
「犯人じゃないとわかればすぐに帰してやる。さあ、入るんだ」
加藤巡査は、いきなり母の腕を掴んで引き寄せた。
「あっ、何をするんです…」
「うるさい、こい」
ぼくと母は、無理矢理交番の中に連れ込まれてしまった。

 ぼくたちを中に入れると、なぜか加藤巡査は入り口の引き戸を閉めてしまった。ぼくたちがますます不安に駆られたのは言うまでもない。
 交番の中は狭くて、殺風景だった。六畳ほどの広さのところに事務机が一つ置いてあり、あとは指名手配のポスターが壁に貼ってあるくらいのものだった。
 その机に、もう一人のお巡りさんが座っていた。何か事務を執っていたが、その顔を見て、ぼくはドキッ、とした。

五十がらみの岡田巡査長は、加藤巡査の代わりにときどき交番に顔を出している。
 岡田巡査長もまた、いつも笑顔の絶えない子供好きなお巡りさんだった。それなのに今朝は、もし、鼻の横に髭を描いたら、本物の狐になってしまいそうなほど目が吊り上がっていたのだ。そして、交番の中にはかすかに獣臭い匂いが漂っていた。

「巡査長、目撃情報とよく似た女を連行しました」
「うむ、よく似ている」
座ったまま首を傾け、吊り上がった目でじいっ、と母を見上げながら、巡査長は言った。
「こちらの人にも言いましたが、私は夕べ、家から一歩も出ていません…」
答えた母の顔に、不安げな表情が浮かんでいる。

「あんたは吉川さんだね。旦那が村役場に勤めている…」
ぼくたちを机の前に立たせたまま、巡査長は言った。
「…そ、そうです…」
「なるほど、評判通りいい女だ」
「そんなこと…」

母は絶句し、困ったように顔を歪め、チラッ、とぼくを見た。
「おっぱいもでかいし、腰のくびれ具合もいい。それに、子供を一人産んだくせにこの尻の張り具合はどうだ」
「や、やめて下さい!」
 母は堪らずに、真っ赤になって声を張り上げた。どうして子供の前でそんなことを言うのですか、という怒りと恥ずかしさの入り交じった声だった。

「そ、そんなことは…泥棒のことと関係ないじゃないですか…」
これ以上、子供の前で変なことを言わないで下さいと、母の表情が訴えている。
「うむ、そうだった。では取り調べをさせてもらおうか」
 巡査長が机の引き出しを開け、調書を取り出したのでぼくはギョッとしてしまった。二人が本気で母を疑っていることがわかったからだ。母の切れ長の目も、驚きで見開かれていた。

「さてと、正直に答えてもらおう。まず、住所、名前、年齢からだ」
巡査長は質問を始めた。
ぼくたちの後ろには、逃がさないぞ、とでもいうように加藤巡査が仁王立ちに立っていた。
「あ、あの…ちゃんと答えれば、すぐに帰らせてもらえるのですか…」
「ああ、ちゃんと答えればな」
「…わかりました」
母は諦めたように、質問に答え始めた。

母は確かに、小学*のぼくから見ても整った美しい顔立ちをしていた。
 それに、巡査長の言うとおり、母の胸は熟れた果実のようにブラウスの下から迫り出していた。

 服装も、地味ではあるが年寄りや泥にまみれて働くお百姓ばかりの村では、垢抜けて見えた。母は少し目立っていたのかもしれない。
 だが、母親の体のことを露骨に誉められるのは、息子にとっては堪らないことだ。ぼくは言いようのない不快感を味わっていた。

 住所と名前から始まって、夕べはどこにいたか、何をしていたかまで、母は細々と答えさせられた。ぼくは始業時間に遅れるのではないかと、気が気でならなかった。
 交番の入り口の戸は上半分に硝子がはめ込まれていて、交番の中が外からよく見えるようになっている。

 ふと目をやると、ぼくのクラスの子が二人、ともに母親と一緒に歩いてくるのが見えた。ぼくは慌てた。しかし、四人はどんどん近づいてくる。
 このままだと母がお巡りさんに調べられているところを見られてしまう。勘違いされ、何もしていないのに変な噂を流されてしまうかもしれない。ぼくはどうすることもできずオロオロとうろたえるばかりだった。

 ところが、四人が交番の前にきたとき、運よく雑貨屋で飼われている老犬が犬小屋から顔を出し、いきなり吠え出したのだ。四人はそちらに気を取られ、交番を覗かずに行ってしまった。ぼくはほっ、と胸を撫でおろした。

 老犬はあたりをきょろきょろしながらしばらく吠えていたが、やがて首をかしげるようなしぐさをしてから小屋に引っ込んだ。それを見て、ぼくは妙な気分になった。その老犬が、四人にではなく交番に向かって吠えていたように思えたからだ。

しばらくして、ようやく巡査長の質問が終わった。
「話しを聞く限りでは、犯人とは違うようだ」
 調書を閉じながら巡査長が言ったので、母の顔には少し安堵の表情が浮かんだ。ぼくもこれで何とか遅れずに学校に行けると思った。

しかし、
「でも巡査長、証人がいませんよ。家族の証言は無効だし、だいいち目撃情報とこれだけ似ているんです。嘘を言っているかもしれませんよ」
後ろから加藤巡査が言ったので、母の顔は再び強張った。
ぼくも、振り出しに戻ってしまったような落胆を覚えた。

「あの…私のような髪型や服装の人は、ほかにいくらでもいると思います…いったい、目撃した人というのは誰なんですか…」
 母が、意を決したように口を開いた。高圧的なお巡りさんへの、母の精一杯の抗議だったのだろう。

「あれ、開き直ってますよ巡査長」
「うむ、やはり怪しいところがあるな」
「そんな…」
「目撃したのは、権堂さんのところの使用人だ。昨日の夕方、裏口から逃げていった女を確かに見たと言っている。その女は確かにあんたのような髪型で、白いブラウスに紺のスカートをはいていたそうだ」

「で、ですが、おかしいじゃないですか…いつも着ているような服装で盗みに入る泥棒なんて、いないと思いますけど…」
「ムキになって言い訳している。やはり怪しいな、加藤巡査」
「ええ、かなり怪しいです」
 母の顔は青ざめていた。ぼくは、これからいったいどうなるのだろうと、胸がドキドキして仕方がなかった。と、巡査長が椅子から立ち上がり、ぼくに向かって言った。
「君はちょっと離れていなさい」

 ぼくは、どうしたらいいかわからなくて母の顔を見上げた。母も、困った顔でぼくを見下ろしたが、とにかく言うとおりにしなさい、というように頷いて見せた。仕方なく、ぼくは母から離れ、壁際に立った。
「あの、いったい何を…?」
「盗んだものを所持していないか、身体検査をする。加藤巡査、君はハンドバックを調べたまえ」
「ま、待って下さい、子供の前で身体検査なんて…それに、盗んだものをいつまでも身につけておく泥棒なんているわけないじゃないですか!」
 蒼白になり、目を見開いた母が、喉から絞り出すような声を上げた。いつもおだやかな母の、初めて見る動揺した姿だった。

「言ってることはわかるがこれも決まりだからね。あんたが犯人でないと言うなら堂々としていればいいことだ」
 と、母の抗議をよそに、加藤巡査はひったくるように母からハンドバックを取り上げ、中をゴソゴソとかき回した。

「何も…ないようですね」
「そうか。では、盗んだものを身につけていないかどうか調べてみるとしよう」
巡査長はジロッ、と母を睨んだ。

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