天狗村奇談(7) その四 サーカスの夜①

夏休みも終わり、秋の気配が漂ってきた頃である。
その朝、授業が始まる前に学校中がちょっとした騒ぎになっていた。どの学年の窓からも生徒たちが身を乗り出し、神社の境内を見詰めていた。
境内には大きな黄色いテントが張られ、とんがった天井が校舎から見える。
村に、サーカスがやってきたのである。

「賀来サーカス団来たる。一週間の限定公演。演目は空中ブランコ、猛獣ショー、世紀の魔術ショー。その他バラエテイに富んだ演目あり。開演は本日午後七時より。尚、最終日の公演は少年少女来場不可」

 各家に配られたビラには、そう印刷されていた。魅惑的な言葉と、どこか神秘的なテントの出現にぼくたちは興奮しきっていた。

「空中ブランコだってさ」
「猛獣ショーって、ライオンとかが出るのかな」
「でも、最終日は少年少女来場不可ってなんのことだろう」
「大人しか入れないってことじゃないの」
誰も彼も胸を躍らせ、目を輝かせていた。

 皆は親と一緒に行くんだと口々に話し合っている。ぼくも行きたくて堪らなかったが、父が許してくれるか不安だった。
 堅物の父は「見せ物」のたぐいが嫌いなのである。人前で芸を見せてお金をもらう人達を軽蔑しているからだ。

「サーカスだと…くだらん、そんなもの行くな」
そう言われそうで、ぼくはとても心配だった。
(どうやって頼めば、父は許してくれるだろうか)
 そんなことを考えているうちに、いつの間にかその日の授業は終わってしまった。町田先生が何を教えていたのか、さっぱり覚えていなかった。

 学校からの帰り道も、ぼくの頭の中はサーカスのことでいっぱいだった。なおもあれこれと算段しながら歩いていると、奇妙な格好をした男が目に入った。

 何が奇妙かというと、肌寒くなったとはいえまだ秋のかかりなのに、男は膝まである黒いマントを着て、頭には円筒でまわりに縁のついた帽子をかぶっていたのだ。
 ぼくは、きっとあれはシルクハットだと思った。確か、母が買ってくれたシャーロックホームズの本に、こんな人物の挿し絵があった。

 どこまでも続く田圃には、いっせいに実った穂が重そうに頭を下げている。男はその田圃を背景に立ち、じっとぼくを見詰めていた。まるで、ぼくを待っていたかのようだった。
 ぼくが近づくと、男はニッと笑った。彫りが深くて日本人離れした顔だった。それに、若いのか年寄りなのかよくわからない顔をしていた。

「あの、何かご用ですか」
恐る恐る声をかけると、男はもう一度ぼくに笑いかけてきた。
「君、サーカスにはくるかね」
「サーカス…ですか? 行きたいですがお父さんが許してくれるかわかりません…あのう、あなたは誰ですか」

「私かね、私は賀来という者だ」
「ガライ…さんですか? それじゃあ、あのサーカスの…」
「そうだ。私はあのサーカス団の団長だ」
ひえーっ、とぼくは驚いてしまった。サーカスの団長に会えるなんて夢のようだった。

「そんなに嬉しいかい」
「はい…」
 ぼくは、猛獣ショーの猛獣はライオンなんですか、とか魔術ショーって人が消えたりするのですかと聞きたかったが、ドキドキしてうまく言葉がでなかった。

「君にいいものをあげよう」
そう言って賀来は懐に手を差し込み、二枚の紙を取り出した。
「無料招待券。賀来サーカス団」
受け取って目を落とすと、そう書かれていた。
「もらって、いいんですか!」
あまりの嬉しさにぼくは胸を弾ませ、叫ぶように言った。

「いいとも。それを見せればお父さんも駄目だとは言うまい。お母さんと一緒に見に来なさい」
はいっ、と答えながら、ぼくは何度も「無料招待券」という文字を目でなぞった。

賀来の言うとおり、この券を見せて頼めば、いくら父だって行くなとは言えないだろう。
(ああ、ぼくも猛獣ショーや空中ブランコが見られるんだ。ぼくは何てついているんだろう…)
 そんなふうに思いながら顔を上げると、すでに賀来はいなかった。
あれっ、と思ってあたりを見回すと、 稲穂が風に揺れるなかに、テントに向かって歩いて行く遠い後ろ姿があった。

 夕方、村役場から帰ってきた父に招待券を見せると、思った通り父はあっさりと許してくれた。夕食を食べてから、母と二人で見に行くことになった。
 家を出て、並んで夜道を歩きながら、母もぼくと同じように胸を弾ませているように見えた。

「懐かしいわ、サーカスなんて」
「お母さん、前にも見たことがあるの?」
「ええ、あるわよ。ずーっと昔、お母さんがまだ正一くらいのときだったわ。村にサーカスが来てね、そのときもやっぱり神社の境内にテントが立ったのよ。楽しかったわ」
 そう言いながら母は、遠くを見るような目になった。サーカスの思い出とともに、幼い頃の自分に思いをはせていたのかもしれない。

空には無数の星が輝き、天の川もはっきりと見えていた。
境内が近くなり、そびえ立つテントが見えてきた。自然とぼくは急ぎ足になった。
 石の階段を登って境内に入ると、すでに大勢の人が詰めかけていて、列になって入場を待っていた。クラスメートの顔もあったが、知らない顔も多かった。おそらく近辺の村からも大勢来ていたのだろう。

 受付には、まだ十歳くらいの可愛い女の子が座っていた。西洋のドレスのような衣装を身にまとい、まるで大人のようにてきぱきとお客をさばいていた。

入場待ちの列が進み、ぼくたちの番になった。
 ぼくは母の分も一緒に招待券を差し出した。受け取りながら女の子はにっこり笑い「ごゆっくり」と声をかけてくれたが、そのときぼくは、母が驚いた顔でその子をしげしげと見つめているのに気づいた。

「お母さん、入るよ」
 ぼくが母の袖を引くと、母ははっとしてぼくに視線を移し、それから気を取り直したように一緒にテントの中に進んだ。女の子の方は、母の視線には気づかなかったようだ。
「どうしたの」
「…ううん、何でもないわ」
母は言ったが、それでも何かが引っかかっているような表情だった。

 テントの中はかなり広かった。観客席の前に広いステージが設置されていて、その両端に出入り用の黒い幕がかかっていた。
観客席には百人位座れそうだ。すでに客席の半分が埋まっている。
 見上げると高い天井には複雑に梁が交差していて、吊された二本の空中ブランコがゆらゆらと揺れていた。

 天井にぶらさがった裸電球の薄暗さが少し物悲しい雰囲気を漂わせていたが、観客の人いきれと獣臭い匂いで、テントの中はむっとするような熱気に包まれていた。

 息苦しくもあったが、日常とまったくかけ離れたその雰囲気に、ぼくはすっかり心を奪われてしまった。これからあのステージで、空中ブランコや猛獣ショーが始まるのだと思うと、ゾクゾクするような期待感が込み上げてくるのである。

ぼくと母は、運良く空いていた前の方の席につくことができた。
 しばらく待っていると、観客も入りきったのだろう、裸電球の明かりが消え、ステージにスポットライトが当たった。

ステージの右の幕が跳ね上げられ、黒いマントの男が現れた。
 団長の賀来だった。昼間会ったときとまったく同じ服装をしていた。その、異国を思わせる賀来の姿に、早くも客席にどよめきが起こった。

 賀来は、観客を見回しながらゆっくりとステージの中央に進み出ると、よく通る渋い声で口上を述べた。
「わが賀来サーカス団にようこそおいで下さいました。こよいは心ゆくまで妙技の数々をお楽しみ下さい」

言い終わった賀来は、もう一度ゆっくりと観客席を見渡した。
「最初にお目にかけるのは、一輪車のショーです。少女達の息の合った演技をご堪能下さい」
 幕が開くと、きらびやかなステージ衣装を身にまとった三人の少女が、一輪車に乗って飛び出してきた。同時に、優雅な音楽も流れ始めた。

 もうそれだけで、割れんばかりの拍手が巻き起こった。ステージに上がった少女達は、一輪車を巧みにあやつり、音楽に合わせてぐるぐるとまわったり、ジグザグに動きまわったり、あるいは一瞬ピタリと静止したりと、実に華麗で息の合った演技を繰り出した。

観客の目は、ステージに釘付けだった。
 ぼくも夢中で見ていたが、そのうちに三人の中の一人が、さっきの受付の女の子であることに気づき、ふと母の顔を見上げた。
奇妙なことに母の目は、その子だけを真剣に追っていた。

「ねえ、どうしたのお母さん」
ぼくは、母に耳打ちするようにそっと尋ねてみた。
「…変ねえ、サヨちゃんにそっくりなのよ」
母は首をかしげるようなしぐさをしながら囁き返した。
「誰? サヨちゃんて」
「お母さんと仲の良かった子なの。お母さんの子供の頃にも、サーカスが来たって言ったでしょう」
「うん」

「サヨちゃんは、そのサーカスが来ているときに急にいなくなってしまった子なの」
「…いなくなった?」
「そう、突然いなくなって、村中で捜したけれど見つからなかったの…神隠しに合ったって言う人もいれば、サーカスにつれて行かれたって言う人もいたわ。そのサヨちゃんに、あの子がそっくりなのよ」
「…」

「でも、生きていればサヨちゃんももう大人になってるわ。だからあの子はサヨちゃんじゃない…でも、本当によく似ているの。だから不思議なのよ」
母はもう一度首をかしげ、軽く溜息をもらした。
ぼくもふーっ、と息を吐いた。母の話しが少し怖かったのだ。

「ごめんね。変な話しをしちやったわね」
ぼくの様子に気づいた母が、慌てたように言ったので、
「ううん、全然平気だよ」
ぼくは笑い返して見せた。

めくるめくような時間が流れていった。
一輪車の演技が終わると、今度は若い女性達による空中ブランコがあり、つぎにはピエロの玉乗りがあった。
 ぼくはハラハラしたりドキドキしたり、さっきの母の話しもすっかり忘れてサーカスに酔いしれた。

 途中で気がついたのだが、この賀来サーカス団の団員には異国の人達が多かった。さっきの一輪車も、母がしげしげと見つめていた子は日本人だったが、あとの二人はどう見ても西洋人の顔だったし、空中ブランコを演じた人もそうだった。

 そして、ピエロの玉乗りのつぎの演目はどうにも見るに堪えない出し物だったのだが、そのとき登場したのもやはり日本人ではなかった。といって西洋人でもなく、あとから思えば、その名のとおりメキシコあたりだったのだろう。

 その男のことを、賀来は「世にも醜い小人男、ロドリゲス」と紹介した。褌のようなものを腰に巻いただけで、ほとんど素っ裸のロドリゲスが登場すると、客席は一瞬シーンと静まりかえった。言葉どおり、あまりにも醜かったからだ。

 背はぼくと同じくらいだったが、ぶよぶよと太っていた。しかも手足が短くて、まるで太ったオットセイのようだった。
 それだけでもぼくには衝撃的だったが、もっとすごいのは、顔がぼくの二倍くらいあることだった。しかも両目の間は離れすぎていたし、ぶ厚くてぬめぬめとした唇が気持ち悪かった。

 いったいこんな醜い小人男が、どんな演技を見せるのだろうと思っていると、あとからさっきのピエロが一輪車を持って出てきて、ロドリゲスに乗ってみろというしぐさをする。
 ロドリゲスは短い手足で一輪車を跨ごうとするが、もともと短い足が届くはずもなく、見事にひっくり返ってしまった。
ピエロはひゃっひゃと笑い、観客にも笑うよう促した。

 なんのことはない、この哀れで醜いロドリゲスをただ笑い物にするだけの出し物なのだ。 しかし、静まり返っていた客席からは、つぎつぎに笑い声が漏れ出した。哀れではあるが、一輪車に乗ろうとして何度も倒れるロドリゲスが滑稽なのだ。ぼくも、何て酷い出し物なのだろうと思いながらつい笑ってしまった。

 倒れるたびに、ロドリゲスは悲しそうな顔をした。その顔を見ていると心のどこかが妙に刺激され、可哀想で胸が痛むのに、それでも笑わずにいられないのだ。
 いつまでたっても一輪車に乗れないロドリゲスに(もともと乗れるわけがないのだが)ピエロは大袈裟に呆れ返ったしぐさをして見せ、笑い声はどっと大きくなった。

そこへ、今度は玉乗りの大きな玉が届けられた。
 ピエロは、これは俺しかできないんだ、でも、とりあえずやってみろ、というようにロドリゲスに玉を押しやった。するとロドリゲスはピョンと玉の上に乗り、短い足で器用に転がし始めたのだ。

 おおーっ、とどよめきが起こり、面目をつぶされたピエロがやめさせようと追いかける。ロドリゲスは、このときばかりは得意げに玉を転がしてピエロから逃げ回ったが、最後には追いつかれて玉を蹴り飛ばされてしまった。

 ステージに叩き落とされたロドリゲスが、またも悲しそうな目をしている。ぼくは可哀想に思いながらも、ロドレゲスの分厚い唇にたれた涎が気持ち悪くて堪らなかった。

何とも残酷で滑稽な出し物はそれで終わった。
 ロドリゲスは、ピエロに追い立てられてステージから退場し、客席には奇妙な興奮だけが残った。ぼくは、何とも後ろめたいものを覚えていた。

 演目もそろそろ終わりに近づいてきた頃、ステージに人が一人すっぽりと入れるくらいの箱が運び込まれた。一緒に出てきた賀来が観客を見回して声を張り上げた。
「つぎは世紀の大魔術ショーです。この箱に入った人間を、たちどころに虎に変えてごらんにいれましょう」

それから賀来は、もう一度ゆっくりと客席を見回した。
「そこの美しいご婦人、ご協力を願えまいか」
 賀来に指さされたのは、何と、ぼくの母だった。観客の視線がいっせいに母に注がれ、大きな拍手が巻き起こった。母は驚き、手を振って断わろうとしたが、母が応じない限り拍手は鳴りやみそうになかった。

母は困った顔でぼくと目を合わせていたが、やがて意を決したらしく、
「仕方がないから行ってくるわ」
と、席を立った。

客席からステージに進む母にさらに大きな拍手が起こった。きっと、母の美貌が観客を喜ばせたのだろう。
「へえ、いいケツしてるな」
後ろからそんな声が聞こえ、ぼくは不快な思いをした。

 ステージに上がった母に賀来はうやうやしくおじぎをした。母は大勢の視線を浴びるのが恥ずかしいらしく、顔を赤らめ俯いている。
 賀来の助手が箱の蓋を開けると、賀来がもう一度おじぎをしながら、どうぞお入り下さい、と手で指し示した。母は恐る恐る箱に入り、中で窮屈そうに座った。

「では…」
賀来は蓋を閉めた。
 音楽が高鳴り、観客が固唾を飲んで見守るなかで蓋が開けられると、箱の中には母の姿はなく、代わりに鎖につながれた一頭の虎が出てきた。

 グォーッという虎の吠える声と、観客の割れんばかりの拍手が交差しているなかで、ぼくは、消えた母がいったいどこから現れるのだろうとドキドキしながら待っていた。
 ところが母は現れず、箱をかたづけさせた賀来は、その虎でショーを始めてしまったのだ。

 賀来は鞭を振るって、虎に綱渡りをさせたり、火の輪くぐりをさせている。ぼく以外、もう、誰も消えてしまった母のことなど気にしてはいないかのようだった。
ぼくはふと、さっきの母から聞いた「神隠し」という言葉を思い出した。もしかして、このまま母がいなくなってしまうのではないか…そんな不安に駆られ、ぼくはいても立ってもいられなくなってきた。

 しかも、猛獣ショーが終わると、今度は空中ブランコの女性達が出てきてアラビア風の踊りを始めたのだ。
 遠い異国を感じさせる不思議な音色が鳴り響き、煌びやかな衣装をまとった女性達の踊りは、それはそれで心を引かれるものだったが、ぼくはもう不安で堪らなくて、楽しむどころではなかった。

 しかし、女性達の踊りが終わると、やっとのことでステージにさっきの箱がもう一度運び込まれた。
 箱と一緒に出てきた賀来が、蓋を開けて中を見せ、中には何も入っていないことを観客に見せた。それからまた蓋をし、黒い布をかける。

場を盛り上げる音楽が鳴り響き、賀来はえいっ、と布を剥いだ。
 箱の各面がパタパタと外れ、母がはっとしたような表情で立ち上がったのを見て、ぼくはやっと胸を撫で下ろすことができた。

拍手を浴びながら母が席に戻ってきた。母は席に着きながらぼくに言った。
「どうしたのそんな顔をして。心配だったの?」
「うん…お母さんがこのままいなくなっちゃうような気がして…心配だった」
「馬鹿ねえ、そんなことあるわけないでしょう」
母は微笑み、ぼくの頭を優しく撫でてくれた。

「本日は、我が賀来サーカスにおいで下さいましてありがとうございました。なお、最終日は成人男子のみの入場となります。本日とは違った趣向をご用意しておりますので、ぜひ今一度お運びください。それでは」
 賀来の挨拶でサーカスは終わった。ステージに当たっていたライトが消え、テントの中は裸電球だけの薄ぼんやりした明るさにもどった。
ぼくと母は、天の川を見上げながら家路へと急いだ。

つぎの日、学校では夕べのサーカスの話題でもちきりだった。
 ぼくも輪の中に入って、あれがよかった、これがすごかったと語り合った。けれどぼくは、ロドリゲスのことを思い出すと胸が痛んだ。あまりに醜く、可哀想だと思いながらも、つい笑ってしまった自分に良心の呵責を覚えていたのだ。

それから数日の間、何事もない平穏な毎日が過ぎていった。
 ぼくは毎日、神社の境内から真っ青な空に向かってぽこんと飛び出した黄色いテントを見上げながら、学校に行き帰りした。

 そして、サーカスは毎晩盛況だった。遠くの村からも毎晩観客が詰めかけてくるのだという。学校でもあいかわらずその話題が中心で、中には親と一緒に二度も三度も見に行く子までいた。

やがて、一週間が瞬く間に過ぎ、公演の最終日を迎えた。
「サーカスも今日で終わりだね」
「うん、今日は子供の入れない日なんだよね。何でだろうね」
 ぼくたちは教室の窓から身を乗り出して、明日にはなくなってしまうテントを眺めやった。 

平凡な村に突然現れた黄色いテント。その中で繰り広げられた胸躍る異世界が、テントとともにどこかへ行ってしまうのかと思うと、ぼくは堪らない寂しさを覚えた。
ところが、夕方家に帰ると、家に異変が起こっていた。母がお昼頃に黙って家を出たまま、帰ってこないというのだ。

「こんなことは今までなかったのに…」
 と、祖母はおろおろしていた。隣り近所にも聞いたが誰も母の姿は見ていないそうなのだ。

 確かに変だった。この時間には、母は必ず台所で食事の用意をしているはずだ。母の性格からして、家事を放り出してどこかに行ってしまうなんてありえないことだった。

ぼくは驚きながら、とっさに母に聞いたサヨちゃんの話しを思い出していた。
 もしかして母は、サーカス団に捕らえられ、どこかに連れ去られようとしているのではないか…そんな考えが浮かんだのだ。

 自分でも、あまりに馬鹿げた想像だと思ったが、ほかに考えられる理由も思いつかなかった。何しろ狭い村のことだ。変わったことがあれば、すぐに近所の人が教えてくれる。

 やがて役場から帰ってきた父も、祖母から事情を聞いて顔色を変えた。そのくせ父は、妻を捜しにいくなんて男の沽券に関わるとでも思っているらしく、ちゃぶ台の前に座り込んで、祖母に用意させた酒を陰気な顔で飲み始めたのである。

外が真っ暗になっても、母は帰ってこなかった。
 ぼくと祖母は互いに不安な表情で、何度も顔を見合わせたが、父はだんだん怒った顔になって酒を飲み続けるばかりだった。近所に聞きにいこうともしなかった。
 さらに時間が過ぎ、夜の闇はますます濃くなっていく。ぼくはもう、我慢ができなかった。

「ちょっと捜しに行ってくるよ」
 ぼくは台所で祖母に耳打ちし、父に見つからないように、勝手口からそっと家を抜け出した。

 家を出ると、ぼくは必死にサーカスのテントを目指して走り出した。とにかく、行ってみようと思ったのだ。
 空にはいつもと同じように天の川がかかっている。星明かりに照らされながらぼくは走り続け、息を切らしながら境内に駆け上がった。

 サーカスは今日も満員らしく、中から大勢の観客の熱気が伝わってきた。テントの周りには誰もおらず、入場口も無人だった。もう終盤に近づいているので切符を切る係も中に引っ込んだらしい。

 ぼくは入場口の幕をめくり、中を覗き込んだ。一週間前と同じように、饐えたような動物の匂いと観客の熱気が充満している。
 ぼくは意を決っしてテントの中に入り、最後尾の席の後ろに屈み込んだ。満員の観客の目はステージに注がれていて、ぼくに気がつく者は一人もいなかった。

ぼくは観客の後ろ姿を見渡してみた。
もし母がいれば、髪型とか雰囲気で見つけられると思ったが、あまりにも観客が多すぎて捜しようもなかった。それに、考えてみれば今日は男しか入れない日だった。

(何をやっているんだろう、ぼくは…)
 見当はずれなことをしていた自分に呆れながら、ふとぼくは今夜の観客の雰囲気が一週間前と違うことに気がついた。それは、大人の男しか入場していないのだから当然とも言えるが、それにしてもこれだけ熱気でむんむんしているくせに、妙に静かすぎた。

ステージに目をやるとちょうど賀来が出てきたところだった。
「…演目も残り二つとなりました。長らくお待たせいたしましたが、つぎはいよいよお待ちかねの演目です。さて、皆さん、噂でお聞き及びのことと存知ますが、この演目につきましては公の場にていっさい口外なさらぬようお願い申し上げます。耳から耳へ内緒で伝えて頂きたい、というのが私どもの希望でございます。もちろん皆さんはそのようにして噂を聞きつけ、今夜おこしになったものと存じます。くれぐれもご内密に、そして存分にお楽しみ下さい」
賀来の、奇妙な口上だった。

 このときぼくは賀来の秘密めいた言葉に、いったい何が始まるのだろうと、つい母のことも忘れて胸をときめかせてしまった。しかし、音楽が鳴り響き、幕が開いた瞬間、ぼくはカミナリに打たれたような衝撃を受けた。
一輪車を抱えた母が、信じられないような姿でステージに現れたのだ。

なんと、ステージに登場した母が身につけていたのは、今でいうレオタードだった。
 肌にぴったりと張り付いた真っ赤なレオタード。それだけでもギョッとしてしまうのに、胸の部分には二つの穴が開けられていて、両の乳房がブルンと飛び出しているのである。

 下腹部の方も丸く切り取られていて、陰毛が丸見えになっている。これではもし足を広げたら股間も丸見えになってしまうだろう。
全裸よりもよっぽど卑猥で恥ずかしい母の姿だった。

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