天狗村奇談(10) その四 サーカスの夜④

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takesi
母は、根本まで飲み込んで吐き出すことを何度も繰り返してくれた。そうしながら反応を確かめるように、ときおりぼくを見上げてくるのだが、その情感溢れる表情が堪らなかった。そして母は、いくら唇を嫌らしくすぼめても、その清楚さや気品に陰が落ちることがなく、ますます美しく見えた。
母は大きく顔を上下させ、ジュポッ、ジュポッ、と湿った音を立てながら肉棒をまんべんなく口で摩擦し続けた。
 ときにはカリ首のあたりに唇を静止させて王冠部をペロペロと舐めまわしたり、ときには唾液の乗った舌の表面をグニグニと押しつけきたりした。

すべやかで上品な頬が真っ赤に染まりながら、さらに淫らにすぼまっていく。
それでもやはり、母は少しも嫌らしく見えなかった。

観客となった賀来や団員達に見られながら、ぼくと母の行為は続いていた。
「正一、もう一度横になって…」
肉棒から口を離し、抱え上げていた乳房からも手を離して母が言った。
 必死に肉棒をしゃぶってくれた母の顔は真っ赤に上気していて、唇には唾液が滴っていた。

 うん、と頷きながらぼくは仰向けに横たわった。肉棒も、絡みついた母の唾液でぬらぬらと照り輝いている。
 母が上気した顔に笑みを浮かべながら膝立ちになってぼくの体をまたぎ、上から見下ろしてきた。サーカスで言えば、いよいよクライマックスというところだろうか、ぼくは期待に震えながらしっかりと母と目を合わせた。

 母はいくわよ、いいわね、というように頷いて見せてから体を前に倒し、片手を床について体を支え、もう片方の手を肉棒にそえてきた。
 ぼくの肉棒はおへそにくっつくくらい反り返っていた。

母はしっかりと肉棒を掴むとグイッ、とおへそから引きはがすように角度を変え、自分の股間に照準を合わせて尻を下ろしてきた。ぼくは、天にも昇るような気持ちでその瞬間を待った。

 と、先端が熱くヌメリとした母の肉ひだに当たった。当たったかと思うとその柔らかい粘膜を掻き分け、王冠部はヌプヌプと内部にのめり込んでいった。
「うっ、くくっ…」
ぼくは息を詰め、身を震わせながら、じっと肉棒全体が飲み込まれるのを待った。
母がさらに尻を沈めてくる。

 肉棒がヌル、ヌルッ、と母のなかに呑み込まれていく。母のそこは、ジュクジュクと液が滴るほどに濡れそぼっていた。
とうとう母が尻を下しきり、肉棒は根本まで突き刺さった。
「あうっ…」
ぼくはあまりの感動と快感に呻き上げていた。

 母の肉穴はジーンと温かった。濡れそぼった粘膜はとろけるように柔らかいが、柔らかいなかにもきつい締めつけがあって、まるで絡みついてくるようだった。
「これからよ、本当に気持ち良くなるのはこれからよ、正一…」
 快感に目を白黒させて悶えるぼくを、母はどこか面白そうに見つめながら言い、それからゆっくりと尻を上下させ始めた。

「う、ああっ…」
熱くてヌルッ、とした肉穴が、吸盤のように肉棒に吸いついてきた。
 母が尻を上げると肉棒も一緒に引っられ、反対に母が尻を下ろしてくると、今度はどこまでも深く呑み込まれていく。

 肉棒に、強烈な電流を浴びるような快感が走り、その快感が全身を貫いて、脳天を突き抜けていった。

 母は、ぼくを見据えながら、しだいに尻の動きを早めていった。結合部からはクチュッ、クチュッと嫌らしい音が聞こえてくる。
「気持ちいいでしょう、正一…」
「うん、うん!」
 ぼくは叫ぶように返事をするのが精一杯だった。そのくらい、とにかく気持ちが良すぎて、もう堪えられそうになかった。つぎの瞬間にも爆発してしまいそうだった。

そのとき、母はまたもピタリと動きを止めた。
「ああっ」
 ぼくは、昇り詰めたものが急速に下降していくのを感じながら、これでもう少し快感を味わい続けられる嬉しさと、反面、もう一気に出してしまいような複雑な気分を味わった。そんなぼくを、母が悪戯っぽい目で見下ろしてきた。

「まだよ、正一。もっと気持ちよくなってからよ」
「う、うん」
「さあ正一、深呼吸して」
ぼくは何度か深く息を吸い込んだ。
 呼吸が整ってくるとまだ当分は堪えられそうに思えてきた。しかし、擦り合わさず、肉穴にすっぽり包まれているだけの状態でも、ぼくは快感を感じ続けていた。温かい粘膜が微妙に収縮しながら、まるで深海に棲む軟体動物のようにウネウネと砲身に絡みついてくるからだ。

「さあ、もう良さそうね、今度は正一も腰を動かしてごらんなさい」
 母が腰の動きを再開した。ふたたび粘膜が擦れ合い、結合部がクチュッ、クチュッと嫌らしい音を立て始めた。

 母はさっきと同様に、最初はゆっくりしたペースで腰を上下させていた。ぼくも見よう見まねで、下から肉棒を突き上げていった。やがて少しずつリズムが合ってきた。

「…そうよ正一、その動きよ…わかってきたわね」
にっこりと微笑む母にリードされながら、ぼくは腰を突き上げた。
 母だけにまかせていたときと違って挿入感が強くなり、より母と深く結びついていくように感じられる。それに、ぼくが腰を突き上げることによって、母も快感を覚え始めたようだ。さっきまで余裕の表情だったのに、今では頬が微妙に強張り、喉から切ない喘ぎ声が漏れている。

「あっ、あうっ…うまいわ正一、そのまま、そのまま突いて…」
「こう? これでいいの?」
「そうよ、そのまま…」
 ぼくはグイグイと肉棒を突き上げていった。母の体がヒクッ、ヒクッと反応し、喘ぎ声も次第に大きくなってきた。

 その時、どう腰を動かせばいいのか理解し、自信もついてきたぼくは、なぜかもっと積極的な体勢で母を貫きたくなってきたのだ。思い切って、ぼくは母に言ってみた。
「お母さん…う、後ろからしてみたい…」
「まあ、正一」
 母はわざと驚いたように大袈裟に目を丸くし、それから、もちろんいいわよ、というふうに頷いた。

母は肉棒を引き抜きながら、ゆっくりと体を起こしていった。
 這い上がるように立ち上がったぼくの前で、母は両手を床につき、膝を立ててぼくの方に尻を突き出した。
白くて重量感のある母のお尻に、ぼくは圧倒されるような迫力を感じた。

「お、お母さん…」
「なあに? いいのよ遠慮しなくて。さあ、お母さんのお尻に思いきり突き刺しなさい」
「う、うん」
 ぼくは夢中で頷き、見事な丸みを帯びた母の尻を両手で掴みしめた。意外にひんやりとしていた。ピンと張り切った肌はスベスベで、みっしりと脂肪が乗っている。
 しかも、尻たぼの間からはお尻の穴と肉ひだが剥き出しになっていて、肉ひだは赤く充血し、ヌラヌラと濡れそぼっていた。

 ぼくは尻の割れ目をグッ、と押し開いた。閉じ合わさっていた肉ひだがさらにヌメッ、と広がり、内部の真っ赤な粘膜までが覗き込めた。ぼくはもう目が眩みそうだった。

ぼくは母の尻にしがみつくようにして挿入する体勢をとった。
 ただでさえ量感をたたえた母の尻は、肉棒だけは大人と同じなのに体は子供のぼくにとって、山によじ登るような大きさがあった。ぼくは両手をいっぱいに伸ばして尻を抱えながら、爪先立ちになって肉棒をあてがった。

ズブリッ、と肉棒が母の肉穴に突き刺さった。
 真っ赤な粘膜が王冠部の形に丸く広がり、そのままヌプヌプッ、と全体を呑み込んでいった。
「ああっ、あああっ!」
 母の歓喜にも似た喘ぎ声を聞きながら、ぼくは肉棒を根元まで突き刺した。ズンッ、と奥まで達したときには、母を見事に串刺しにしたような爽快感まで込み上げてきた。

「い、いいわ正一、何て、何てたくましいの…」
 母がうわずった声を上げ、さあ、早く突いて、と促すように串刺しにされた尻をクナクナと振りたくった。ぼくはすぐに肉棒を突き上げ始めた。

「ああっ、あっ、正一…ああっ」
 母は、突き上げるたびに喘ぎ声を上げ、やがてそれは啜り泣きに変わっていった。ぼくは感無量だった。大好きなお母さんを、ぼくがいま征服しているのだ。

 ちらっ、と観客席を見ると、団員達は固唾を呑んで見詰めている。その中でロドリゲスだけが、まるでこの世の終わりが来たような顔をしていた。見開いた目に、深い悲しみが浮かんでいた。

 しかしぼくは、初めてその容姿を見たときあれほど可哀想だと思い、胸の痛みまで覚えたロドリゲスに対して、もう少しも同情しなかった。
(どうだ、悔しいだろう。さあ、もっと悲しめ、その醜い顔で泣き叫んでみろ!)
 ぼくは心の中でそう叫び、胸がすーっ、とするような気分を味わいながら、激しく母の尻を貫いていった。

「あっ、ああっ…正一、正一…!」
 母の啜り泣くような声が絶え間なく聞こえてくる。何と甘美な喘ぎ声だろう。ぼくは、もう堪らなかった。下腹部がカーッ、と熱くなり、肉棒がヒクヒクと痙攣するのが自分でもはっきりとわかった。

「ああっ…お母さん、ぼく、もう…」
ぼくが思わず悲鳴のような声を上げると、
「いいわ正一、もう、もう出していいわよ!」
母も叫ぶように答え、肉穴をきゅーっ、と締め付けてきた。

「正一…ああ、一緒に…一緒に…」
 母が、背中をググッ、と反り返らせた。汗でびっしょりになった全身が硬直し、激しく震えている。つぎの瞬間母は、
「あっ、あああー!」
と叫びながら、ブルブルッ、と下腹部の筋肉を硬直させた。
肉穴がすごい力で締めつけてきた。

「お母さん! あああっ」
ぼくも続いて爆発した。
 お腹の中でドロドロとひしめき合っていたものが一気に解放され、溶岩のように噴き上がった。何という快感だろうか。腰がつーんと痺れ切り、そのままとろけてしまいそうだった。

「正一、ああ、正一…」
 母がうわごとのようにぼくの名を呼んでいる。ぼくは、ドクドクと吐き出される液が、確実に母の体内に注ぎ込まれていく満足感を噛み締めながら、最後の一滴まで絞り出していった。そして、そのときぼくは、権堂さんやロドリゲス達から母を取り戻したような喜びも覚えていた。そう、ぼくはやっと母を自分の手に取り戻したのだ。

お腹の中のものをすべて出し尽くしたぼくはズルリッ、と肉棒を引き抜いた。
 体力を使い果たしたぼくは腰が抜けたみたいに尻餅を突き、そのまま起きあがれなかった。母も床の上に倒れ込み、荒い息を吐きながらぐったりとしている。

 すると、一つのショーが終わったかのように、賀来や団員達の間から拍手が沸き起こった。見回すと、ロドリゲスだけは別だったが、皆、好意的な顔で手を叩いている。これでぼくもサーカスの仲間になった、とでもいうことなのだろうか…。

 引き抜いてしばらくの間も、肉棒は突き立ったままだった。しかし、少しすると風船の空気が抜けるように肉棒は急速に縮んでいき、やがていつもの朝顔のつぼみみたいなオチンチンに戻ってしまった。だが、快感の余韻だけは消えなかった。

 ぼくは、自分は本当にこのままサーカスの一員になり、彼らと一緒に世界中を旅して回るのだろうか、と考えながら改めて団員達を見渡してみた。
 それもいいかもしれない、とも思う。そうすればいつでも、あの気持ちのいいことを母にしてもらえる。しかし、何かが胸に引っかかっていた。さっきのサヨちゃんの言葉だ。

「お願いだから連れていかないで」
 と、サヨちゃんはすがりつくような顔でぼくに言った。あれはどういうことなのだろう。サヨちゃんは永遠に生きられるのに、楽しくはないのだろうか?
 そういえばロドリゲスも、母に少し優しくされただけで死ぬほど喜んでいた。あれはいったい、どういうことなのだろうか…。

 ふと、ぼくは思い当たった。永遠の命なんて本当は楽しいものではなく、単に死なないで生きていられる、というだけのことではないのだろうか? と。

 サヨちゃんはきっと、寂しくて堪らなかったのだ。何も考えずにサーカスについて来たが、村を捨て、両親と別れてしまったことを後になって後悔したのだ。もしかしたらその寂しさは、生きている限り永遠に続くのかもしれない。

 それは、誰からも優しくされず、その醜さを馬鹿にされ続けてきたロドリゲスも同じかもしれない。誰かに愛されたいと願いながら愛されず、悶々としたまま永遠に生き続けるのかもしれない。

 そう考えたとき、ぼくには、外から見ていたときあんなに華やかだったサーカスが、何だかとても物寂しいものに思えてきた。
 サーカスを見にくる観客達は、サーカスが終れば自分の家に帰っていく。自分の家族や生活が根っこのようにその土地にある。しかし、団員達に帰る家はない。

 観客にとってサーカスは一時の夢でしかないが、賀来や団員にとっては、その一時の夢である閉ざされたテントの中が終の住処なのだ。サヨちゃんやロドリゲスは、その住処の中で、これからも永遠に苦しむのだろうか?

そんな姿を見ながらぼくも一緒に暮らすなんて絶対に嫌だ、と思った。
 そして急に、友達と野山を駆け回ったり、川で遊んだり、縁側でのんびりと寝転んでいた平凡な自分の生活が無性に懐かしく思い出されてきた。

「お母さん、帰ろう、家に帰ろうよ!」
ぼくは、まだ横たわっていた母にすがりつき、狂ったように叫び上げた。
 夢中だった。何としても母と一緒に家に帰りたいと思った。母は艶めかしく微笑みながら顔を上げ、何か言おうとして口を開きかけたが、ぼくの真剣な表情にはっとしたように目を見開いた。

「お母さん、ねえ、お母さん、帰りたい、ぼく家に帰りたいよ!」
 ぼくの叫び声は、そのうち泣き声に変わった。すると必死の思いが通じたのか、母の顔からは憑き物が落ちたように、みるみる艶めかしさが消えていったのだ。

やがて母の目に強い意志の色が浮かぶのを、ぼくは見た。
「正一、わかったわ…もう、泣かないで」
母は、優しく微笑みながら立ち上がると、
「賀来様、やはり私は行けません。正一と一緒に家に帰らせて下さい」
穏やかな声で賀来に告げた。
 ステージの入り口に立っていた賀来は、しばらく無表情で母のことを見詰めていたが、やがて、ゆっくりと近寄ってきた。

「そうか、気が変わってしまったか。おまえの淫乱な願望も、息子の涙にはかなわなかったか」
「はい、その通りです賀来様」
「嫌だという者を無理に連れて行くことはできない。しかし、おまえは大事なことを忘れている。すでにおまえは不老不死なのだ。正一が成長し、年老いて死んでからも生き続けるのだぞ。それでもいいのか」
「はい、覚悟はできています」
凛とした声で母は答え、賀来ががっくりと肩を落としたように見えた。

「仕方がない。おまえの代わりはまた別のところで捜すことにしよう。二人で家に帰るがいい」
それを聞いて、ぼくは胸を撫で下ろした。しかし、今度はサヨちゃんが叫び上げた。
「いやーっ、行かないでせっちゃん、私を一人にしないで、お願いよぉ!」
サヨちゃんは観客席から駆け上がってきて母にしがみついた。
 大泣きするその顔はまさに子供の顔だった。あまりにも哀れで、ぼくは胸が締め付けられる思いだった。

「許して、サヨちゃん。でも約束するわ、私が一人きりになったとき、またこのサーカスに戻ってくるって…。絶対に戻ってくるから、それまで待っていて、ねっ」
 母の言葉にサヨちゃんは驚き、それからみるみる笑顔になっていった。しかし、ぼくの驚きはサヨちゃん以上だった。母の覚悟とは、そういうことだったのだ。
 声を揃えて指切りげんまんをする二人を見詰めながら、ぼくは何とも言えない気持ちになった。

「賀来様、また戻ってきてもよろしいでしょうか」
「いいだろう。世界中のどこにいても、おまえが戻りたいと念じれば私は感じることができる。そのときには誰かを迎えにやろう」
「はい」
 母とサヨちゃんは手を取り合い、互いに別れの言葉を言い合った。

ふと気がつくと、ぼくの後ろにロドリゲスが立っていた。母が家を出るときに着ていた服が、綺麗に折り畳まれてロドリゲスの手に乗せられている。
「ありがとうロドリゲス、あなたも、待っていてくれるの?」
 衣服を身につけながら母が言うと、ロドリゲスは、気持ちの悪い唇を奇妙に歪めて笑った。不細工な小さな目が嬉しそうに輝いているのを見て、ぼくはまたも激しい嫉妬を覚えた。ぼくが年老いて死んだ後、母はまたこのロドリゲスとステージに上がるのだろうか? それも永遠という時の流れの中で…。

「では、このまま家に帰ります」
「うむ。待っているぞ、節子」
賀来と団員達に見送られながら、ぼくと母はテントを後にした。
 しかし、ぼくの心には複雑な感情が渦巻き、もう、無事に帰れることを心から喜べなくなっていた。
テントから飛び出してきたサヨちゃんが、いつまでも、いつまでも手を振っている。
来たときと同じように、空には満天の星が輝いていた。

 つぎの日の朝、ぼくが布団の中で目覚めると、家のなかはいつものように何気ない日常が始まっていた。
 母は台所で朝食の用意をしていて、みそ汁の良い香りが漂っている。卓袱台の前に座った父はお茶を飲みながら新聞を読んでいて、祖母は飼っているインコに餌をやっていた。いつもと何一つ変わらない、おだやかな一日の始まりだった。

「正一、早く顔を洗ってご飯を食べなさい。遅刻するわよ」
 母が、卓袱台におかずの乗った皿を並べながら呼んだ。ぼくは慌てて布団から飛び出して顔を洗った。
ご飯を食べながら窺うように母の顔を覗き込んでみたが、変わった様子ははない。

「どうしたの正一、お母さんの顔になにかついてる?」
 ぼくの視線に気づき、母がにっこりと微笑んだ。清楚で慎み深いいつもの母の顔だった。夕べの妖しいほどの艶っぽさなど、微塵も残ってはいなかった。
 あれほどオロオロしていた祖母も、目を吊り上げてお酒を飲んでいた父も、穏やかな顔で朝ご飯を食べている。

 そういえば昨夜、テントを後にして歩き出したところから、ぼくの記憶はすっぽりと抜け落ちている。家に帰ったところをぼくはまったく覚えていなかった。

 でも、テントの中で起こったことは夢なんかではない。鮮明に場面を覚えているし、何よりぼくの下腹部には、いまだに母のなかに射精したときの快感の余韻が残っているのだから。きっとこれは、賀来の不思議な力のせいだ。ぼくには、そうとしか思えなかった。

父はいつものように黙ってご飯を食べ、ぼくより先に家を出て行った。
 しばらくして、ぼくも家を出たのだが、いつものように玄関の外まで一緒に出てきた母に、ぼくは恐る恐る尋ねてみた。
「ねえ、お母さん…夕べのこと、覚えている…?」
「夕べ? 何かあったかしら…」
母は微笑みながら、首をかしげて見せた。
 覚えていないふりをしているのか、それとも本当に覚えていないのか、ぼくにはわからなかった。

「ううん、何でもないよお母さん。いってきます」
ぼくは、学校に向かって歩き出した。
 神社の境内にそびえていた黄色いテントは、もう無かった。どうやら、次の公演場所に向けて夜中のうちに出発したらしい。
振り返ると、家の前で母が手を振っていた。
頭上には今日も、澄み切って突き抜けるような青い空が広がっていた。

ああ、ようやくすべてを語り終わることができました。
話し始めたのは午前中でしたが、もう、すっかり日も暮れてしまいましたね。

 ところであなたは、私の話しをどうお感じになりましたか…いえ、無理に信じて下さらなくてもいいのです。もともと信じろと言うほうが無理なのですから。

 それよりも私は、あなたに聞いて頂いたことで、長いこと胸に溜めていたものを一気に吐き出すことができてたいへん満足しているのです。はい、死ぬ前に一度は誰かに話しておきたいと思っていたのです。

さて、その後のことも話しておきましょう。
 私の母は、あれからどうなったのでしょうか? 残念なことに数年後、あの一連の出来事があってからしばらくして始まった太平洋戦争の最中に、母はアメリカの戦闘機の機銃掃射を受けて死んでしまいました。

 戦局が著しく悪くなった頃、日本には毎日のように爆撃機や戦闘機が飛んでくるようになりましたが、私の村などは通称天狗村と呼ばれるほど山奥にあったので、まず標的地にされることはありませんでした。

 ところが、あれはどこかを攻撃した帰りだったのでしょうか、突然村に飛来した二機の戦闘機が、いきなり機銃を撃ってきたのです。

 村人達は悲鳴を上げて逃げ回りましたが、運悪く逃げ遅れた人が次々に狙われ、体を打ち抜かれてバタバタと倒れていきました。母も、そのとき外にいたのです。母は体に三発も弾を撃ち込まれ、即死してしまいました。
不老不死の秘薬も、あれだけ体を打ち抜かれては効力を持続できなかったようです。

 ところで、これを言うのはとても勇気のいることなのですが、私は母が亡くなったとき、悲しくて仕方なかったくせに、実は心のどこかでほっ、としてもいたのです。

 と言いますのも、サーカス団が去ってから母が亡くなるまでの間、私はずっと心に不安を持ち続けていました。もし、あの出来事が夢でないならば、母は永遠に生き続け、私が年老いて死んだ後には、サーカスに戻ってしまうのですから…。

 遠いどこかの国で、観客に惜しげもなく艶めかしい姿を晒し、なおかつロドリゲスに貫かれる母の姿を想像するのは、私にとって堪えられないほど辛いことでした。
 母は私が死んだ後に、今度はロドリゲスを我が子のように可愛がるのだろうか…そんなことを考えると、嫉妬と寂しさで私の胸は張り裂けてしまいそうでした。

 しかし母が死んでしまったことで、私はそのような苦しみから解放されたのです。そして同時に、母は私だけのものになったのです。
本当はほっとしたというより、私は嬉しかった。そう、嬉しかったのです。
いまから思えば、母に申し訳ない気持ちでいっぱいでございます。

 戦争が終わった後、私は村を出て就職し、よい伴侶にも巡り会え、子宝にも恵まれました。その間に、祖母も父も亡くなっております。
現在の私は長男夫婦に引き取られ、都心に近いこの住宅地で暮らしています。

 ほら、見てごらんなさい、道の向こうには水田があり、その向こうには低い山々が連なっているでしょう。なんだか私の生まれ育ったあの天狗村に、景色がそっくりなのでございますよ。

 ここで私は日がな一日、日向ぼっこや散歩をして過ごし、ときおり水田の近くを散歩したりもするのですが、遠くの山などを見ておりますとふっ、と幼い頃の自分に引き戻されることがあります。

 そんなとき私は、山裾の岩影や木々の間の木漏れ日の向こうから、懐かしい母の喘ぎ声がいまでも聞こえてくるような気がして仕方がありません。
そして、決まって賀来サーカス団のことも思い出します。

賀来サーカス団は、今でも永遠の旅を続けているのでしょうか。
 サヨちゃんは、私の知らないどこかの国で、母が死んだ事も知らず、母が戻ってくるのを心待ちにしながら、今でも一輪車に乗っているのでしょうか。だとすれば、あまりにも哀れです。

息子の嫁が呼んでおります。そろそろ終わりにすることといたしましょう。
 ああ、それにしても、すべてを聞いて頂いて本当に良かった。もう、いつお迎えが来ても心残りはございません。ありがとう存じました。
それでは、気をつけてお帰り下さい。

takesi
Posted bytakesi

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